三城×幸田・お礼用SS
(幸田が退職を願い出た日)



「お先失礼します。」

その日、予備校が終わる最後まで居るのが日課になっていた幸田が珍しく、自分の授業が終わるといそいそと予備校を後にした。

それもそうだろう。

幸田が退職を願い出た後の雰囲気は最悪だった。

皆が皆幸田を責めるような視線を向けていた。

三枝以外は。

「高田先生も、中尾先生も。そんなピリピリしなくても。」

自分のデスクに居た三枝は、斜め前にデスクを構える二人の男性教諭に、持ち前の軽い口調で言いながら手にしたコーヒー入りの紙コップを軽く揺すった。

「そうは言ってもね。」

「三枝先生は教科が違うから。」

高田も中尾も、幸田や三枝よりもずいぶんと年上で、二人共この予備校に長年勤めるベテランの数学教師だ。

『大学合格率85%』と謳えているのも、高3と浪人生クラスを受け持つ二人のおかげと言っていいだろう。

「こんな雰囲気じゃぁ、幸田先生辞めるも残るもやりにくいですよ。」

「それは解るけどね。」

「・・・私としては、残ってもらいたいんだよ。幸田先生、教師の腕良いから。」

「そうそう。」

ため息と共に漏らされた先輩教師の本音は、意外ながらも三枝の胸にシックリと収まった。

「それに・・・」

次いで、高田がチラリと見た先を知り、三枝は小さくため息を吐いた。

「あ・・・なるほど。」

そこに居たのは、新しく予備校に着任したばかりの数学教師、山崎だ。

山崎は30代半ばで今までも他の予備校で教鞭をとっていたらしい。

だが、まだ就任して数日だというのに、その評判は芳しくない。

授業態度も人当たりも並以下で、それどころか職員室内での行動も、つい眉を寄せたくなるようなモノが目立つのだ。

澤野は人当たりは悪かったもののそれは無愛想だったというだけで人が悪かった訳ではない。

教師としては真面目だったし、成果も出していた。

その代わりとしては、あまりにお粗末だ。

そんな折に、評判上々の幸田が抜け、どんな人物がやってくるのかも解らないとくれば、二人の反応も頷ける。

「二人共幸田先生が好きなんですね。」

「好き、というか・・・」

「まぁ、嫌いではないが・・・」

「だったら、やっぱり笑顔で見送ってあげましょうよ。幸田先生の夢を潰しちゃって、これからずっと一緒に働きたいですか?」

「・・・」

「・・・」

高田と中尾はそれぞれ顔を見合わせ、諦めたようにため息を吐いた。

「そうですね・・」

どちらちなく呟いたその口元には小さな笑みが浮かんでいた。



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