三城×幸田・お礼用SS
(三城の春)



それは深夜に差し掛かろうとしている時刻だった。

ニューヨークに構えるC&G本社ビルの最上階、ガラス張りの窓を持つ社長室の扉を三城は軽やかにノックした。

──コンコン

「どうぞ。」

間もなくして返答があり、三城は近代的なデザインの扉を押し開く。

一歩足を踏み入れるとパノラマの素晴らしい夜景が社長室の奥に広がっていたが、今の三城にはそれを綺麗だと思う余裕すら無かった。

ドクリと鼓動が一つ大きく鳴る。

此れがきっと人生の分岐点というヤツなのだろうが、出来るならば分岐などせず直進したい。

三城の緊張に硬くした面持ちとは裏腹に、この部屋の主は三城の姿を目に留めるなり嬉しげに頬を綻ばせた。

「やぁ、久しぶりだね。こんな時間にしか会えなくてすまない。」

「いえ、それは構いません。お会いして頂けるだけでとても──」

「おいおい、そんな硬苦しい挨拶は今は抜きだ。」

仰々しいワークデスクに見劣りの全くしないその男は、眉を潜めて手をヒラヒラと振った。

砕けた口調からも察せるように、今はオフタイムとでも言いたいのだろう。

だが三城はそうとはせず、社長の前に歩み寄ると「誠意を持って」という日本的な動機から頭を深々と下げた。

「本社移動の件、取り下げてください。」

三城のストレートな言葉に、相手はまるでその意味が理解できないかのように唖然と三城を見上げた。

「何を言っているんだ?これはお前にとって・・・」

「はい、素晴らしいお話である事は理解しております。ですが、私を日本で待っている人がいるのです。」

三城はようやく頭を上げると社長を真摯に見つめ、唇を硬く結んだ。

脳裏に過ぎる幸田の面持ちを、この腕から逃す訳にはいかない。

「その人を連れては来れないのか?相手もお前を大切に思っているなら・・・」

「来いと言えば来る人です。私の為に。だからこそ、私は彼を誘えない。先日その人の夢が叶いました。私はそれを応援すると決めています。」

自分の長年の夢を捨ててでも幸田は「ついて行く」と言い張るだろう。

そんな想像は簡単につくから、三城は幸田にこの話を出来ずにいた。

幸田が自分の未来よりも三城の未来を取りたいと願うように、三城もまた自分の将来よりも幸田の夢を選びたいという思いは、少し頑なで自分を卑下する傾向が見え隠れする幸田には説明しても伝わらない気がしたのだ。

組んだ両手の上に顎を乗せた社長は三城をじっと見つめた。

その鋭い眼光の内に潜む真意は見抜けない。

「勝手な申し出だと思っています。どうしても取り下げていただけない場合は退職する覚悟です。」

「おいおい、それは止めてくれよ。今お前に抜けられたらどれほど損失がでると思っているんだ?」

「でしたら・・・」

「わかったよ。俺の都合でお前を本社に呼ばなくなったって事で各所に回せばいいんだろ?」

「ありがとうございます。」

三城は此処に来てようやく安堵の笑みを漏らした。

「まったくお前ってやつは。それは以前言っていた人か。」

「はい、私の最愛の人です。」

「言ってくれるな。まさかお前に仕事よりも大切な物が出来るなんて夢にも思わなかったよ。」

「私もです。」

「守る物が出来たんだ。今以上に頑張れよ?「日本男児」だろ?」

社長はわざとらしい口調で言うとニヤリと笑った。

「そうだ、こうしよう。お前に移動は取り下げてやる。その代わりその人に合わせろ。」

「は?それはどういう・・・」

「どうもこうもない。来月あたりに来日する予定なんだ。なんとか時間を作るから食事でもしよう。それが第一条件だ。」

三城は食えない男だと社長をじっとりと見つめたが、ため息を吐くと了解に頷いていたのだった。



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