三城×幸田・お礼用SS
(送別会)



予備校の教師及び関係者の殆どが集まった幸田の送別会は、幹事を務めた三枝の努力もあり終始賑やかなムードだった。

「またなー!」

「絶対連絡しろよ!」

「元気で頑張ってねー。」

全国チェーンのカラオケ店から出てきた同僚達は、ほろ酔いとあって少しばかり大きな声で叫びながら幸田とその隣に立つ三枝に手を振り、バラバラと帰っていった。

暫く会うこともないだろう、今日まで毎日の様に会っていた同僚たちに幸田も手を振り返す。

その横顔はアルコールのせいか頬がほんのりと紅く染まり、目を細めた微笑は夜のネオンの中でも印象的に映った。

こんな表情を見れるなら、面倒な幹事業を頑張った甲斐もあるという物だ。

一時は開催も怪しまれたこの送別会は、三枝の強い希望で企画され一人で準備に予約にと大変だったが、その結果無事成功を収めたと言っていいだろう。

皆が帰り残ったのが本日の主役と幹事──つまり幸田と三枝だけになると、三枝は星も無い夜空を見上げながら冗談交じりの軽い口調で唇を開いた。

「明日から高校教師ですか。かっこいいなー。」

「かっこいい、なんて、そんな。」

そうと言いながらも、幸田はまんざらでない様子で僅かに俯いた。

赤面をしているのは酔いのせいだけではないのだろう。

「明日は入学式で、授業を行うのはまだ先ですけどね。」

「入学式?幸田先生の?」

「まさかっ!・・・って、解ってるくせに。」

「はははっ。そんな怖い顔しないでくださいよ。」

ムッと顔をしかめる幸田は決して本気で怒っている訳ではなく、すぐにプッと噴出し笑う仕草はとても可愛く愛らしい。

思えばこの数年間、三枝は幸田のとても近くに居た。

元々人付き合いが得意ではなさそうな幸田と、どちらかと言えば大勢でワイワイするのが好きな三枝では好みもタイプも違ったが、それなりに親しくなれたと思っている。

「明日から、会えなくなるんですね。」

今しがたの軽い口調が嘘のように、三枝はフッと真面目な面持ちで呟いた。

口にしてしまえば重く圧し掛かる現実。

何かが辛くて幸田の顔を見る事が出来ず、そっと目を瞑ったが不自然にならないようにすぐに瞼は開けた。

幸田の居ない日常が今よりも愉快になるとは到底思えないけれど、けれどそれが変えられない未来であり、三枝自身も望んだものだ。

「そうですね。でも、三枝先生の家には前より近くなったのでまた飲みに行きましょうね。」

三枝の心情など知ってか知らずか、幸田はヘラッと笑って見せた。

「僕、友達少ないんで。」

「知ってます。」

「・・・こういう時は嘘でも『そんな事無い』とか言いませんか?」

「だって、飲みに言っても友達とかの話しあんまり聞かないから、幸田先生。」

「そりゃぁ、そうですけど。」

嘘だ。

確かに、以前は幸田の口から同僚以外の人物の名前など殆ど聞かなかったが、ここ半年ほどは頻繁に「ある友人」の話を嬉しげに話していたじゃないか。

幸田は無自覚なのだろうがその「友人」の話をする時は、なんでもない内容のはずなのに他のどんな事柄とも違う表情をするのだ。

どこで知り合ったのか、どういった経緯の「友人」なのかなどは全く知らなくても、幸田の「特別」なのだと確信せずにいられない。

その人物とは一体どんな人物なのだろう。

幸田の話しから受けた人物像を総合すると、優しく親切で、知的な博識で───。

「恭一!」

どこかボンヤリとしていた三枝は、不意に二人の後方からかけられた凛と研ぎ澄ましたような美声にハッと我に返った。

夜の繁華街の雑多な中でも存在感を放ったその声につられるように振り返ると、見るからに仕立てのいいスーツに身を包んだ長身の男がこちらに向かって歩いて来ている。

その男が周囲とは明らかに違って見えるのは醸し出される雰囲気のせいか。

そういえば幸田の下の名前は「きょういち」だったなと思い出した時には、幸田はその男に向かって小走りに駆け寄っていた。

「春海さん!?どうして・・・」

もしや、この男が幸田の「友人」だろうか。

だとするなら、三枝の抱いていたイメージとは大きく違う。

男はチラリと三枝を見ると社交辞令で会釈を寄越したが、その仕草や幸田に対する喋り方一つ一つが妙にかんに触った。

どうにも偉そうでニコリとも笑わないし、確かに「知的で博識」かもしれないが、少なくとも「優しく親切」には到底見えない。

人を見た目で判断してはいけないと思いながらも、第一印象は決して良くはなかった。

「理由などどうでもいいだろ。車で来ている。帰るぞ。」

男はそれだけを言うと、さっさと踵を返し歩き出して行った。

偉そうなだけではなく、至極勝手な性格のように思える。

「え!?待ってください!三枝先生、すみません。また、絶対!遊んでくださいね!」

男と三枝を交互に見た幸田は、慌てて三枝に頭を下げると挨拶もそこそこに男に追いつくため小走りに走り出した。

どんなに寂しがっても、そうと感じていたのは自分だけだったようだ。

幸田の姿を見送っていたが、その背中はすぐに人ごみの中へ見失ってしまった。

「・・・・・ばれた、か。」

苦笑と嘲笑が混じった笑みが唇にあがる。

数年間。

幸田は全く気づかなかったようだが、あのいけすかない「友人」はたった一瞬で見抜いたのだろう。

だからこそ、あのような態度をとられたのだ。

三枝もまた、幸田とあの「友人」がただの友人関係にあると思うほど純ではなかったが、だからといって何をどうすることも出来ない。

「さ、明日から新しい年度だな。」

わざとらしく大声で独り言を言うと、三枝は幸田達とは反対側へ歩いていったのだった。



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