三城×幸田・お礼用SS
(春海の誕生日・2)



”夕方まで帰ってくるな”と、遠まわしながら幸田に言われた三城は、嫌な顔一つ見せず昼前に家を出た。

三城は無駄や不合理な行動を嫌う為ブラブラと出歩くタイプではなかったが、可愛い幸田に期待と不安が入り混じった瞳で見つめお願いをされれば断れるはずがない。

しかも三城の不在中に何をするつもりなのか想像が出来れば尚の事、特に用も無い外出をし約束通り午後5時を回ってから帰路についたのだった。



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マンションのエレベーターを自宅階で降りると、4軒ある家のどこからかフワリと芳しい香りが漂っていた。

とはいえ近隣の3軒からは生活感を感じた事など一度も無い為、おのずと我が家からだと思い当たる。

インターフォンを鳴らさずに玄関に上がると先ほどの香りを強くハッキリと感じられた。

デミグラスソース系の濃厚なそれは空腹感をこれでもかと刺激し、三城は逸る気持ちを抑えながらキッチンに隣接するリビングへと向かった。

「ただいま。」

「あ、おかえりなさい。」

三城がキッチンに顔を覗かせると、エプロン姿の幸田がフワリと振り返り、目を細めて笑む表情が可愛くて、思わず三城は後ろから幸田を抱きしめた。

腕の中に納まった身体は温かい。

「すみません、休みの日なのに外出を頼んでしまって。」

「かまわないさ。」

「食事、出来たので着替えてきてくれませんか?」

「わかった、そうしよう。」

この身体を弄りたくはあるが、それよりも今は幸田の前にある鍋の中身が気になる。

三城は幸田の首筋に小さくキスを落し、あっさりと腕を離すと踵を返し自室へと向う。

とはいえ、私服の為着替えらしい着替えをするつもりもなく、ジャケットを脱いだだけですぐにリビングへと戻った。

「・・・・・」

それはたった数分の出来事だったというのに、戻ってみると先ほどまで何も無かったダイニングテーブルは大きく様変わりをしていた。

中央には花瓶に可愛らしい花が飾られ、見覚えのあるワインとワイングラス、それぞれの席の前には料理が並べられている。

色取り取りのサラダと、形の不揃いなパンは手作りだろうか。

そしてメインディッシュに置かれていたのはビーフシチューだ。

耐熱皿に注がれたそれはプロ顔負けの出来栄えに見える。

「旨そうだ。」

「上手に出来ているといいんですが。」

席に着きながら三城が心の底から言うと、幸田は照れくさそうに小さく笑った。

秋人からもらったワインを三城が慣れた手つきで開け、それぞれのグラスに注ぎ一つを幸田に渡す。

「お誕生日、おめでとうございます。」

「ありがとう。」

幸田が掲げたグラスにグラスをぶつけるとチンッと小気味良い音を響かせ、グラスの中で真紅の液体が小さく揺れた。

一口飲むと深い味わいが喉を潤す。

何を考えてか、このワインの年代は幸田の誕生年だった。

秋人らしいと言えば言えなくもない趣向だ。

三城はグラスを置き、代わりにスプーンを持ち上げる。

「頂きます。」

「どうぞ。」

煮込まれた野菜と一緒にシチューが口に運ばれる様を、幸田は不安交じりの表情でじっと見つめた。

「あぁ、旨いよ、とても。」

「良かった。」

幸田は心底安心したように息を吐き、自分も食べ始める。

これはお世辞でもなんでもなく、本当に旨かった。

元々幸田は料理が得意だった訳ではなく、三城の家に通ううちに急激なスピードで様々な料理を覚えていったに過ぎない。

以前までは仕事が終わる時間も遅かったのでサッと作れる料理が多かったが、春からは夕方には帰宅しているためか手の込んだ料理も増えていた。

だがその中でも今日のこれらは格別だろう。

三城に「出かけてくれ」と言ってまで作ったからにはそれなりの理由があったのかもしれない。

シチューはコクがあり、野菜も肉もとても柔らかく、やはり手作りらしいパンはまだ温かかった。

旨い食事は箸の(スプーンだが)進みも速く、談笑の中食事も終えると幸田はおもむろに立ち上がり部屋へと入って行った。

「待っていてください。」

すぐに部屋から出てくると幸田の手には小さな紙袋が握られており、三城の隣に立つと見下ろすような恰好でそれを突きつけた。

「あの・・・・これ。プレゼント、です。」

「食事だけじゃなく、プレゼントまで用意してくれていたのか?」

まさか、という思いに偽りは無い。

目の前の料理だけでも十分なプレゼントだというのに、更に別のプレゼントまで用意してくれていたなんて。

中身が何かはわからないが、何よりも「幸田が悩み、選んでくれた時間」が嬉しくてにやけてしまいそうだ。

「あんまり、大した物じゃないんですけど。」

「開けてもいいか?」

答えを聞くよりも早く、三城は紙袋の中から手の平よりも少し大きい長細い包みを取り出した。

深緑の包装紙にパールホワイトのリボンが巻かれているそれを丁寧に開封する。

包装紙の下、更にハードケースの中に丁寧に入っていたのは、ブラックのアクリルライトに金のクリップが美しい万年筆だった。

「これは・・・パーカーじゃないか。」

パーカーというのはブランドの一つで、長年三城が愛用しているのもここの物だ。

幸田にそんな話をした覚えはないが、これを選んだのは調べたのかたまたまか、どちらにしても嬉しさは何倍にも増幅している。

「ありがとう、凄く嬉しい。」

並べ立てる言葉が上手く見つからなくて、ありふれた簡単すぎるセリフを、けれど心の底から呟いた。

本当はもっと沢山の表現でこの喜びを表したいというのに、どうにも気持ちばかりが溢れて言葉にならない。

「明日からこれを使うよ。」

三城に腰を抱き寄せられた幸田は、嬉しそうにヘラリと笑った。

その笑みは卓上の花などよりもずっと美しかったのは言うまでもない。



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