三城×幸田・お礼用SS
(飛行機の中で)



ニューヨークへ向かう飛行機が離陸して数時間。

大きな気流の乱れも無ければ煩い乗客もおらず、機内は至って穏やかだ。

広いシートにゆったりと座りいかにも退屈そうに雑誌を広げる三城に、初めてのファーストクラスと海外という二つの緊張で眠るに眠れないらしい幸田が声をかけた。

「春海さん、そういえば気になっている事があるんですけど。」

僅かに身を乗り出す仕草に三城はフッと笑みを漏らし、雑誌を閉じると膝の上に置いた。

大して読みたかった訳でもない雑誌だ。

その上、機上中の時間の潰し方など心得ているはずなのに、すぐ側に幸田が居るのに触れられない事に妙な苛立ちを覚えていた所でもある。

そんな折に幸田の方から話しかけられればそれだけで嬉しく、触れ合う事が出来た訳でもないのに、今までのイライラとした感情が嘘のように消えていた。

「なんだ?改まって。」

「その・・・。パスポートって、自分でしか取れないはずですよね?」

「当たり前だ。あれほど個人情報が詰った物を、誰でも好き勝手に取得出来たら意味が無いだろ。」

深刻な表情を浮かべる幸田に、三城は僅かに目を見張った。

免許書と同等以上の身分証であるパスポートを他人が得る事が出来てしまえば、大問題以前に身分証自体の意味を成さなくなってしまう。

少し考えれば解るだろう───、という言葉は寸前で飲み込んだ。

「ですよ、ね。でも、だったら僕のパスポートはどうしたんですか?」

あまりに困ったような表情を浮かべ首を傾げる幸田を、三城は呆れよりも先に可愛く思ってしまった。

どうにかしてしまいたくて仕方が無い。

もしも此処が自宅やホテルのようは閉鎖空間であれば、幸田は答えを聞くことが出来なかっただろう。

「あぁ、その事か。養子縁組の時に、母さんに色々書かされただろ?」

「はい。住所とか本籍とか・・・」

「用紙もいろいろあっただろ?」

「えぇ。」

「その中にパスポートの申請書類があったんだが、気づかなかったのか?」

「そうなんですか!?」

大仰に驚いてみせる幸田を見る限り、本当に気づいていなかったのだろう。

「見れば解ると思っていたが・・・」

「だって・・・お義母さんに言われるままに書いていただけで・・・」

「写真も用意しただろ?」

「あ、はい。・・・・・養子縁組にしてはちょっと、おかしいな、とは思いました・・・」

幸田は大きくため息を吐き、うな垂れてみせた。

今から思い返せば、思う所がいくつかあったのだろう。

「そういう事ですか。」

もう一度大きくため息を吐き、幸田は唇を尖らせた。

バカだな、と小さく自分自身に呟く姿を見せられ、三城は思わず笑みを漏らした。

「やはり、お前は可愛いな。」

「・・・バカだ、とか、抜けてるって言いたいんでしょ?」

「まぁ、そう言えなくもないが、安心しろ、大丈夫だ。」

「大丈夫?」

「お前はそのままで居ればいい。」

三城は幸田の頭に伸ばしかけた手を、そこに触れる前に戻した。

人目を気にするのは三城よりも幸田だ。

結構常識人のくせにどこか抜けていて、気がきく所もあるがたまに大きく外す、数学教師なのに深く考えない所もある。

けれどそのアンバランスな所が幸田の魅力なのだと三城は思う。

不思議な男だ。

それは初めて出会った時から変らない幸田の印象だった。

「僕も春海さんみたいにテキパキ色々考えられるようになりたいです。脳トレでもしようかな。」

「あのゲームのやつか?やればいいさ。だが、お前にはあまり効果がないような気がするがな。」

「えぇ?何でですか?」

「お前は思考が遅いわけでも、ましてやバカな訳でもないからだ。」

「・・・どういう事ですか?」

「ただの天然だ。」

口元に笑みを浮かべ軽く言った三城は、膝の上に置いた雑誌を手にすると読みかけのページを開いた。

幸田が可愛くて仕方が無い。

雑誌を読むフリをしたのは、そんな気持ちを隠す為の逃げだ。

「僕を天然なんて言うのは春海さんぐらいです。」

ムッとした口調で言った幸田は、小さく三城の膝を叩いた。

そんな幸田を相手にもせず平然と雑誌のページを捲る三城だったが、内心は至極上機嫌だとは幸田は知らないのだろう。



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