ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(中里の初恋)


連日の見舞いラッシュだけでも余計に疲れてしまいそうな中里だったが、菓子折りを一つ持ってやって来たこの男の訪問は飽き飽きとした入院生活の中で嬉しいものだった。

病室のベッドの上で上半身を起し、遠藤が持参したデータを片手にノート型パソコンを覗き込んでいると病室の扉がノックも無しに開けられた。

「学、案外元気そうじゃねーか。」

病室を訪ねて来たのは、ガッシリとした肉体がいかにも頑丈そうで見るからにカタギではない雰囲気を纏った壮年の男だ。

男は手にしていた見舞い品を適当に置くと、傍らのパイプ椅子を引き寄せベッドの脇に足を組んで座った。

「患部以外は至って元気なもんです。そういう兄貴もお元気そうで。」

抑えた口調ながら朗らかに言った中里はノートパソコンを閉じると男に向き直った。

中里を呼び捨てられる人物はそう多くは無い。

数年前ならいざ知らず、霧島組組長の看板を背負ってからは年齢や所属に関係なく少しでも格下の者は決してそんな無礼を働こうとはしないだろう。

中里は甘くない、ただそれだけだ。

そんな中容易にそうとしてしまえるこの男、国高弘之【くにたか・ひろゆき】は中里が子供の頃から随分と慕っている人物だった。

国高はそれに加え、霧島組みとは兄弟に当る宮川組二次団体・国高組の組長でもある。

元々は宮川本家の組員だったのだが、中里がまだ子供の時分「預かり」という形で霧島組に出入りしていたとあって随分と可愛がられたのだ。

「お前が刺されたと聞いた時は肝が冷えたもんだ。」

「ご心配おかけしました。」

「俺よりも慶子だな。今日は来れなかったが退院したら顔でも見せてやってくれや。」

慶子は国高組の姐だ。

国高が霧島組に出入りをしていた頃、中里を自宅に連れて行っては慶子の手料理を振舞ってくれたものだ。

今となっては中々交流もままならなかったが、これも何かの機だろう。

「はい。必ず。」

「あいつも喜ぶ。いつもお前の事を気にしてるんだ。あいつにとっちゃぁお前はいつまでも子供みてぇだな。」

国高は可笑しそうに言うと声を上げて笑って見せた。

自分よりも身長が低かった頃から知っている一回り以上年下の男子など、「男」として見てもらえる日は来ないのかもしれない。

「それは、仕方ないでしょうね。その分申し訳なくもありますが。」

中里の所業は自然と姐である慶子も知る所で、柳眉を潜める彼女の姿を容易に脳裏に描くと心が痛む。

慶子はヤクザの嫁だというのに、いたく正義感の強く芯のしっかりとした女だった。

姐が組に口出しをしないのは昔からの慣わしとはいえ、時には国高の舎弟にも説教を食らわすような肝の据わりようで、黒髪が綺麗な幽玄な外見とは裏腹だ。

「なに、ヤクザなんざそんなもんだろう。」

「姐さんに会いたくなってきました。」

思えば、彼女が中里の初恋とも言えた。

正義感溢れる一本気な黒髪美人には昔から弱いのだろうか、と苦笑が漏れる。

「だったらさっさと傷治せや。」

国高は中里の肩をポンと一つ叩くと早々に立ち上がった。

「兄弟同士でいつまでも喧嘩してちゃなんねぇ。が、ヤクザがやられっぱなしって訳にもいかん。難しい問題だな。だがこれだけは覚えておけ。俺個人としては何時までもお前の味方だ。」

「・・・ありがとうございます。」

中里がベッドの上で頭を下げる。

片手を上げて病室を後にした国高がその姿を目にしたかは定かではない。



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