三城×幸田・お礼用SS
(ニューヨークの朝)


タイミングを見計らっていた、と言えばそうなのかもしれない。

「あぁ、そうだ、恭一。今からその言葉使いを止めろ。」

ニューヨークで迎えた初めての朝、俺はブレック・ファーストを食べ終わると何気ない口調で言ってのけた。

「あ、はぃ・・・へ?それはどういう意味ですか?」

恭一はボンヤリとした表情で、両手でコーヒーカップを持ったまま僅かに首を捻って見せる。

ガウンの合わせ目から覗く白い肌がやけに艶かしい。

「そのままの意味だ。敬語だか丁寧語だかは止めろと言っている。俺達はもうそんな仲ではないだろ?」

今までも何度かそう提案しようと考えた事はあるのだが、なにせ呼び方もついこの間まで『三城さん』だった恭一だ。

簡単に受け入れるとは思い難かった。

けれどこんなにも清清しい新婚旅行初日の今なら、少しお硬めの恭一も快く頷くのではないかと考えたのだ。

新聞を読むとも無しに捲りながら視線だけで反応を伺い見ていると、恭一は呆けた顔をしていた。

「それは───。でも、春海さんが年上である事にも変りませんし。」

困った様に眉を潜め恭一はもっともらしく言ったが、それは本心からなのだろうか。

俺の記憶の限りでは以前の恋人は俺と同じ年で、恭一は普通に話していた。

こんな子供っぽい不満を抱いているなど知られる訳にはいかないが、どうしても「ならば何故俺に対しては」と思わずにいられない。

「今のままじゃダメですか?」

そんな俺の心情などおかまいなしに、恭一は上目遣いというなんともな表情を向けていた。

仕方が無いな、と思わなくもない。

だが、そうしているといつまでも胸の痞えが取れないような気がして、俺は恭一から逃げる様に視線を外した。

それに、そうとして欲しい理由はそれだけではない。

もっと甘えて欲しかった。

素直な言葉も仕草も、縁取られた話し方ではどこか遠くに感じてしまう。

出会った頃はそんな風に思わなかった事を考えると、恭一に対する独占欲からきているのかもしれない。

恭一の全てが欲しいと、心からの言葉が欲しいと、馬鹿げた欲望が俺を支配している。

言葉遣い一つでそんな大切なものが手に入る筈がないだろうに、と自分自身に苦笑が漏れた。

だがきっと、恭一は頑張り屋だから、こんな俺のつまらない願いを叶えてくれるのだろう。

「硬苦しい上によそよそしいんだ。それに、その『春海さん』というのも止めろ。」

「えっ!?じゃぁ、何て呼べば・・・」

「『春海』で良いに決まってるだろ?」

それはおまけのような欲だ。

口に出してはみたもののそれはさすがに無謀だと自分でも解ったが、もしかしたら、などと僅かに考えてしまった俺の期待など虚しく、恭一はすぐに首を横に振ったのだった。


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