三城×幸田・お礼用S・S
(三城の彼女)



海外営業部はC&G日本支社の花形である。

若手の出世頭の登竜門というべき部署で、部長ともなればエリート中のエリートだ。

僅か28歳になるかならないかという年齢でその地位についた三城春海は社員の羨望の的で、特に女性社員からは別の意味でも熱い視線を送られていた。

地位・学歴・収入そして容姿、どれをとっても周囲の誰よりも勝る彼を手に入れたいと考える女性はとても多く、皆彼の動向を探るろうと必死である。

秘書課の新垣美奈【にいがき・みな】も三城の入社当初から彼を狙っている一人だった。

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三城を狙っている女など腐る程居るが、だというのについ最近まで、彼には一度として浮いた話が話題に上がらなかったのである。

彼ほどの男ならば望めばどんな女でも物にできるだろうが、連日のワーカーホリックぶりを見ていれば彼女はいないようにも思えていた。

それもありC&Gの多くの女性社員は彼の気を引こうと必死であったし、特に美女揃いとして有名で三城との接触も頻繁にある秘書課に所属していれば尚更である。

C&Gの秘書課は、個人専属のそれではなく課全体で数名の上層部をサポートするシステムだ。

専属の秘書を持てるのは幹部クラスでも一握りで、三城のように直属の部下を手足と使っているパターンもあった。

秘書課の秘書の仕事は、主にホテルや交通機関の予約・行事のスタッフ・それにお茶汲みである。

部長クラス以上に与えられる専用の事務室は一般フロアとは階数が異なる為、「ちょっとそこの部下にお茶を頼む」といった事が出来ない。

事務室が並ぶフロアと秘書課が存在するフロアは同じというのもあり、それも秘書課の仕事になっている。

狙える可能性は十分にあるはずだった。

───、だがこれは最後通告の上に追い討ちを掛けられたとしか思えない。

美奈はワークデスクの上に置かれた、真新しい鮮やかな緑色の湯飲みを見つめ浅いため息を吐いた。

彼が変ったのはいつ頃からだっただろうか。

はっきりとは思い出せないが、あれほど毎日残業をし土日もなく出社していた彼が定時そこそこで帰宅し、休日もきっちりと休む日が多くなっていた。

それは錯覚だけではなく、数字となり記録として残されている。

不思議な事に、明らかに実務時間が減少しているにも関わらず三城の業務功績は劣るどころか右肩上がりだともっぱらの評判だ。

三城に何かあったのか、と女性社員だけではなく男性社員も気にし始めていたが、ビジネスにおいて彼の最も近い場所に居るだろう北原に聞いても何も答えてはくれなかった。

それから暫くして、気が付いた時には三城の左手の薬指に細身のプラチナリングが光っていたのである。

あまりの唐突ぶりにその事実は一気にC&G中を駆け巡ったが、三城の彼女なる人物の検討はつかなかった。

どんな人物であれ、指輪を贈るほどの相手が居るとなれば、彼の恋人の座に納まる事はとても困難になったという事だ。

だが、まだ可能性が無くなったわけではない。

人事部からの匿名の情報によれば、まだ三城は入籍をしていないという。

別れる可能性も十分にあるのだ。

今まで三城が恋人を作るタイプかどうかも怪しかったが、現在居るとなれば別れた次は自分だという可能性も大いに考えられる。

そんじょそこらの女には容姿も知能も負けないと自負している美奈がより一層気合を入れたのもつかの間───とうとう最後通告を突きつけられてしまった。

三城は、明らかに手作りの弁当を持参して来たのだ。

それも一度ではない。

最近に至ってはその頻度も極端に増え、三城が同棲中である事は確定したようなものである。

それだけでも大きなショックだったというのに。

「相当本気、って事だよねぇ・・・」

美奈は机の上の湯飲みを指先で小さく弾いた。

今朝、三城に「昼食時はこれで茶を出してくれ」と渡された湯飲み。

こんな事は今まで一度もなかったのだ。

現在彼が使用しているマグカップも、美奈が直々に「用意してくださいね」と告げたのだとしっかりと覚えてもいる。

その上、2年近く三城の事務室に出入りをしているが、どこがどうと言えないもののこの湯飲みは彼の趣味ではないと解った。

という事は、この湯飲みは三城の恋人が選びわざわざ持たしたという事になる。

「どんな人なのかなぁ・・・部長の想い人は」

綺麗で、頭も良くて、器量も良くて、そして・・・・

「いいなぁ、部長と付き合えるの」

なんだかんだと言って、美奈は三城の事を本気で好きだったのだろう。

年収とか地位ももちろん含めてだが、上辺だけではなく彼に愛されたいと想ってしまっていたようだ。

三城に掛けてもらえる言葉は感情の篭らない事務的なものばかりではあったが、それでもとても嬉しかったのだ。

「さ、次行きますか!」

美奈は立ち上がると、湯飲みを給湯室の食器置き場へ直しに向かった。

未練をいつまでも引きずるのは趣味じゃない。

いつか三城が誘いたくなるような良い女になればいいだけだと心に決めながら。




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