ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(三人は)



入院も長引くと、暇を持て余す以外の何物でもない。

日ごろ取れない休暇を満喫したのも最初の数日だけで、今となっては早く退院したいという気持ちばかりだ。

湯沢がいなければ無理を通してでも出て行っていただろう。

病室で出来る仕事はこなしているがそんなにも量がある訳でもなく、早々に終わらせた中里はブラブラと院内を俳諧していた。

当ても無く、と言えば嘘であり本当だ。

「何処」と目指している場所がある訳ではなかったが、目的は明白にある。

腹の傷などお構いなしに随分とぶらついていたものの、今日はまだ「目的」には会えずにいた。

そうとなればどうしても会わずには気持ちが修まらず、苛立ちすら沸き起こりつつある中里に、背後から気を削がれるような幼い声が掛けられた。

「・・・ゆざわ先生、居ないよ」

「あ?」

振り返った先には、水色のパジャマを着たサラサラな髪をした少年が居た。

実際に顔を合わした事はなかったが、その少年が誰であるかは一目で解る。

片腕として信頼を寄せている男・遠藤の「可愛い奴」だ。

本人は認めないものの、誰がどうみても特別な感情があるとしか思えない。

「お前・・・」

「さっきね、救急車来て・・・ゆざわ先生、行ったよ?」

「・・・成る程な、急患か。いくら探しても居ないわけだ。」

そういえば救急車のサイレン音を聞いた気がする。

新米外科医は面倒な事に借り出されるものなのだろう。

「それにしても、何で俺が亮太───湯沢を探してるって解ったんだ?」

実と湯沢の面識の有無はわからないが、自分の事は知らないはずである。

それを湯沢と関係がある事すらバレているとは驚きで、まさか遠藤が何か教えたのか、とも考えたが奴の性格を思うとすぐに否定的に首を振った。

何もかもが不思議でならない。

「えっとね・・・おにぃちゃん、ゆざわ先生とチュウしてた、から」

「・・・・」

思いもよらなかった実の言葉に、柄にもなく動揺してしまった。

暇を持て余している中里は病院を歩き回っては湯沢を捕まえてちょっかいをかけているのだが、まさかそれをこんな餓鬼に見られてたなんて。

平和ボケしつつある自分に自嘲のため息が漏れた。

「おにぃちゃん、ゆざわ先生好きなの?」

「あぁ。あれは俺のモンだ」

「みのもねぇ、ゆざわ先生好きぃ」

「馬鹿言え。俺のんだつってるだろ」

大人気ない口調で詰め寄っても、実は動じた様子を見せずボケッと笑って見せた。

あの遠藤と毎日会っているだけあり、さすがの度胸というべきか。

「大した器だな。お前、ジュース飲むか?」

「・・・飲むぅ!」

「よし、買ってやるよ」

実に対する好奇心が高まり、中里は機嫌良さげに言うと近くにあった自販機でオレンジジュースを購入し彼に渡した。

嬉しそうに礼を言った実は、受け取ると不器用な手つきでプルタグを開ける。

「旨いか?」

「うん、ありがとぉ」

「あいつもこれくらい素直になってくれりゃぁな」

壁際にしゃがみこむ実の隣に腰を下ろすと、苦笑交じりに呟いた。

湯沢は無茶な要求をしまくって来るくせに、それを叶えてやれば申し訳なそうに礼を言うばかり。

困らせたいのか気を引かせたいのか、全く奴の思考はなかなかに難しい。

「それはそれで可愛いんだがな」

どんなおねだりされたって構わないのだ。

ぶっきらぼうに礼を言う姿も、おどおどしながらの我侭も、そしてベッドの中で乱れる姿も。

結局は何もかもにこれでもと溺れてしまっているというのが実情である。

「・・・ん?」

「いや、何でもねぇ」

中里はグシャリと実の頭を撫でた。

古い傷が残るごつごつとした手は、人の痛みを知っているそれだ。

「お前、甘い物は好きか?」

「・・・甘いもの?・・・うん、好き!」

「そうか。今度持ってきてやる」

湯沢が食べたいと言うので取り寄せた料理や菓子も彼一人では到底食べきれずに余り、病室に残されるというパターンが多いのである。

料理などであれば舎弟達が喜々として食べ終えるのだが、中里自身は食事制限の身の上にそもそも甘い物は好まず、側近にも甘党は少ない為に菓子類だけは一向に減らないのだ。

「うん、みの待ってる」

実は、心底嬉しげな笑みを浮かべて見せた。

花にも例えられそうなそれを前に、中里はどこか嬉しげに頬を上げる。

「これじゃぁ遠藤もはまる訳だな」

冷血漢として名高い遠藤が、いくら本人が否定し続けているとは言え、気にして止まないとありありと知れる少年。

どこにそんな魅力があるのかと思えば、僅かに言葉を交わしただけでも直ぐに理解出来る気がした。

中里の小さな呟きは、実の耳にまでは届かない。

「・・・あれ?中里さん、何やってるんですか!またベッド抜け出して」

「おう、亮太じゃねぇか。急患だって?」

「そう、ですけど・・・」

潜められた彼の柳眉が、「何故知っているのだ」と物語っている。

その上中里の傍らの実を見れば、ますます眉間の皺は深くなった。

「それに、実くんまで。どうしたの?何かされなかった?」

「してねぇよ」

「・・・あのね、ゆざわ先生、救急車来たから行ったよって教えてあげて・・・ジュース貰ったの」

湯沢は実の前にしゃがみ、わざとらしく中里に背を向けると目線を合わせて目を細めてみせた。

「そう、よかったね」

「うん」

「なんだ?亮太も欲しいのか?」

「違いますよ。俺は医局戻らないといけないし。連れて帰れませんけど、中里さんちゃんと病室に戻っててくださいね!」

立ち上がった湯沢は唇を尖らせながら睨み付け、中里の腕を引っ張り立たせようとしたが、悲しいほどの体格さ故に叶わない。

「わーった、わーった。キスでもしてくれたら大人しく戻ってやる」

「なっ、実くんの前で何言ってるんですか!?」

「構わねぇだろ?前にも俺たちがキスしてる所見られてるらしいんだ」

からかうように言うと、湯沢は中里の腕を掴んだまま、絶句したように口を開けていた。

真っ赤になり瞳すら潤んでいる彼がやはり可愛い。

「な、実」

「うん、チュウしてた」

愛らしい実の笑みが追い討ちをかけたのか、湯沢は無言で睨み付けたまま八つ当たりのように中里の腕を叩いたのだった。



───そんな行為を許されるのは今のところ彼だけであるとは言うまでもない


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