三城×幸田・お礼用S・S
(海外営業部第三課)



海外営業部・第3課。

並ぶデスクの数には不釣合いな広いオフィスも昼間は相応に活気に満ちていたが、定時を過ぎて何時間も経つ深夜前ともなれば当然のように閑散としている。

頭上の一区画にだけ明かりを灯し、大津圭一【おおつ・けいいち】はデスクトップパソコンに向かっていた。

明日提出の書類がまだ完成しておらず、泣く泣くの深夜残業である。

一人では一晩掛かってしまいそうな量ではあったが、同期にしてデスクも隣の山崎達也【やまざき・たつや】の協力の元ようやく完成目処がたった所であった。

何故このような事になってしまったかというと、ライバルでもある海外営業部第4課からの嫌がらせかとも思える連絡ミスのせいだ。

自分は悪くない、などと言った所で会社員がそれでまかり通るわけもなく、ましてや「花形」部署に勤めるというプライドから大津は懸命に頑張っていた。

「ごめんな、山崎【やまざき】。今度飯奢るから」

「別に構わねぇよ」

疲れたとばかりに伸びをすると、大津はチラリと隣の山崎に視線を向けた。

細身でいくら食べても太れない体質の大津に対し、山崎は毎日の勤務の中いつ鍛えているのか引き締まった身体をしている。

骨格からして大津よりも一回り大きく、いかにも男らしい。

能力的に言えばさして差はないと思いたいのだが、女顔の大津はどうしても取引先に舐められがちだ。

そんな時も山崎がフォローをしてくれており、彼にはいつも助けられていた。

「あーぁ。それにしても、どーにも上手くいかないなぁ」

「なんだ?問題でもあんのか?」

「じゃなくてさ。俺ってやっぱり・・・要領悪いなぁって」

花形というだけあり、海外営業部の人員の入れ替わりは激しい。

使えなければ容赦なく切り捨てられるというのが現状で、出来ない社員を庇ってくれる程、トップ・三城は優しくも甘くもない。

そんな中入社から2年、深夜残業はしたとしても一度も大きな危機も無く勤めてこれたというのはそれだけの能力が大津にも山崎にもあるという事だろう。

「そうか?」

「三城部長ならさ、こんな仕事残業なしでさっさと終わらせちゃうんだろうなって。っていうか連絡ミスとかももっと早くに気づくだろうし見た目で舐められるとか絶対ないだろうし」

「それはな。あの人は特別だろ。比べたって虚しくなるだけだって」

「そうかもしれないけど」

確かに、圧倒的な力の差を見せつけられると、そもそも勝負を挑もうとは思わないものである。

大津にしても三城を今すぐ越したいなどと考えている訳ではない。

「でもさ、やっぱ憧れるよなぁ」

部の内外で語られる三城の武勇伝。

年齢で言えば三城は大津達の4つ上ではあったが、彼は院卒での為入社はたった2年しか変らないのである。

大津達が入社し暫くして三城が部長職に就いたと記憶しており、だとすると彼は入社3年と満たないうちに───今の大津達とあまり変らない経験でその地位を得たという事だ。

今目の前のデスクトップに移る文字と数字の羅列を眺めため息が出た。

「三城部長、今も海外出張中だろ?」

「アメリカ行ってドイツ行くんだっけ?」

「んー詳しくは俺も知らないけど。凄いよなぁ」

三城の武器は事務処理の早さと的確な判断能力だけではない。

豊富過ぎる言語力は部内といわずC&G日本支社においても強力な力なのだ。

海外営業部に勤めるだけあり、大津や山崎はもちろんどの社員も母国語と英語を含む最低4ヶ国語は話せるというのが必須条件ではあったが、三城はそんな程度ではなく両手の指を使っても数えられない程の言語を取得しているらしい。

「それにカッコいいし。いっつも高そうなスーツ着てさ、ちょっと冷たいとこあるけどそれもまた『出来る男』って感じで」

その上、秘書課の女性から聞いた話によると結婚指輪らしき指輪を嵌めているらしく、公私共に充実しているのだろう。

男として羨むべきものを持ちすぎているのはないかと思う。

ただそれだけの意図だったというのに、何故だか山崎は不機嫌そうに声を潜めた。

「何?大津、お前そんなに部長が好きな訳?」

「好き・・・っていうか、憧れてるだけだけど?絶対無理だけど、部長みたいになれたらなぁって。山崎も思うだろ?」

「・・・別に。っていうかあの人が居たら俺らの出世見込みないし」

「それは・・・そうだけど」

「だろ?さっさと本社でもどこでも行ってくれりゃぁ良いのに転勤断ったって言うし、勘弁してくれって感じだな」

「っ・・そんな言い方するなよな!そりゃぁ三城部長が居る限り部長のポストは空かないかもしれないけどさ・・・」

元々は海外営業部の部長職も平社員と同じようにシビアに入れ替わりの多い役職ではあった。

だが三城を見ている限り、彼はミス一つしそうにないし、あったとしてもミスをミスのまま終わらせるとも思わないので当分はその地位を動かないだろう。

「だろ?いくら海外営業部が『花形』とか言われてても未来ねぇって。だったら開発部とか、定年間際の部長が居るとこの方がいいかもな」

「でも、俺は三城部長みたいな有能な人の下で働けて幸せだけど」

「なんだよお前。部長、部長ってよ」

「・・何?山崎?」

「そりゃぁさ、俺は部長みたいに仕事出来ねぇし、格好よくもねぇけど。けど、お前の仕事手伝ってるのは俺だぞ!?」

山崎の怒気を含んでいるかのような言葉に、大津はムッとして眉間の皺を寄せた。

普段の彼はこんなにも恩着せがましい言い方をする人物ではない。

確かに明日も仕事がある平日真ん中の深夜残業につき合わせてしまい申し訳ないとは思うが、それ程までに迷惑ならば断ればよかったのに、と反発心が生まれる。

「・・・悪かったよ。それは凄く感謝してるし、だから今度飯奢るって・・・」

「・・・そんな事言ってんじゃなくてよ・・・」

「何だよ?」

「いや、悪かった。別にお前に恩を着せたかったとか手伝うのが嫌だって訳じゃないんだ。ただ・・・」

フーッと長い息を吐き、山崎は眉を下げた。

「お前の側に居るのは俺なのにな、って思ってさ」

「・・・山崎?」

彼は何を言いたいのだろうか。

先ほどまでの荒い口調が嘘のように潜められたかと思うと、彼はどこか苦しげなように呟いた。

大津には、それがまるで───嫉妬しているをしている風に聞こえてしまったのだ。

山崎が三城に───そんな筈はないと思っても、無駄に鼓動が高鳴る。

「やっ別にそんな、変な意味じゃねーんだぞ?」

「・・え?違うの?」

「何だよ」

「いや・・俺はてっきり・・・山崎がその・・俺をそーいう・・、あ、ごめん・・」

そりゃそうだろう。

己の願望が生んだ早とちりに、苦笑とも失笑ともつかない笑みが口元から漏れた。

二年以上彼と過ごしていたけれど、まさか山崎がそんな訳ない。

もしも彼も自分に対し同じような感情を抱いてくれていたら、などと同性に期待してはいけないと解っていた筈だというのに。

───大津は入社以来、山崎に秘めたものを感じていたのである。

すっかり止まってしまっていたキーボードの上の指を、大津は申し訳程度動かした。

「そっ・・そんなだったら・・・気持ち、悪いだろ?」

「あ・・・ごめん、そうだよね。気持ち悪いよな」

自分に対して向けられた言葉ではない筈なのに、とても胸が痛い。

気持ち悪いと、彼が言ったのだ。

「・・・俺、そこまで考えてなかったわ。ハハッ嬉しいかもーとか思っ・・わっ山崎!?」

苦しい感情を誤魔化すように冗談交じりに言ったが、上手く笑えていただろうか。

だが、張り付かせたような笑みを向けると、山崎は勢い良く立ち上がった。

「本当か?大津」

「へ?え?」

急激な彼の行動に、大津は目を白黒させた。

今日の山崎はいつになく感情の起伏が激しい。

「嬉しいって、本当か?」

「・・・・」

胸が痛い。

高鳴る鼓動が煩いほどで、とても痛かったし締め付けられるように苦しかったけれど、嫌ではなかった。

不安と期待が入り混じる中、耐え切れず大津は目を逸らした。

「うん・・・って言ったらさ、どうする?」

「・・・嬉しいっていうか、幸せっていうか・・・いや、信じられないっていうか・・・本当か?お前、俺の事どう思ってんだ?」

山崎は椅子に座りなおすと、真っ直ぐに大津を見詰めた。

視線以上にストレートな言葉が、大津に突き刺さる。

「・・・好き、かも?」

今生の勇気全てを振り絞った一言だった。

外せば、この会社に居られなくなるかもと脳裏を過ぎったけれど、それでも口にしてしまったのである。

大津の赤面は首にまで至っていた。

「かも?」

「なんだよ・・・」

「かも、なのかよ。俺は・・・好きだぞ、ずっと!」

「・・・」

「じゃなかったらこんな遅くまでサービス残業しねぇだろ?気づけよ!」

「っ。気づかないよ、そんなの!」

「・・・」

「・・・」

どちらともなくプッと噴出すと、二人とも笑いが止まらなかった。

いつからなのだろうか。

いつも、二人は近くに居たというのに、一番大切な気持ちはどちらも気づいていなかったようである。

「・・・・山崎、あのさ・・・。仕事、手伝ってもらったしさ、今晩、うち、来る?ビールくらいしかないけど」

「・・・・・あ、あぁ・・」

二人しか居ないオフィス。

時折無言で視線を交わしながら、キーボードを叩くカタカタという音だけが響いたのだった。



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