ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(小児科での出会い)



外科医師だけを目標に医学部へ通っていた湯沢にとって、それ以外の専門科での研修は苦痛でもあった。

患者を治したいという気持ちはあるし、仕事には真摯に取り組みたいとも思っている。

けれど時間と体力が追いつかず、覚えなければならない物事の量は半端ない。

倒れている暇などそれこそ無いのだが、二年と定められている臨床研修も終盤となると忙しさはピークに達していた。

外科医志望の湯沢にとって、大きな病院で様々な患者を受け入れている桜木総合病院での研修は大きな魅力だが、けれどそれは「多くある全ての診療科を回らなければならない」という大変なおまけ付きでもある。

様々な診療科を回り、ようやく桜木総合病院での最後となったのがここ、小児科病棟だった。

「研修医の湯沢です。よろしくおねがいします」

「よろしくね、湯沢先生。先生はここを終えると大学に戻られるんですって?」

「えぇ、桜木総合病院の研修としてはここがラストです」

「そう。疲れも溜まっている頃だろうから、ここでは楽にしてちょうだいね」

年配の小児科婦長が人の良い笑みを浮かべた。

「はぁ・・」

ピンクや水色の壁に彩られた中、湯沢が気のないため息を吐く。

楽にしてくれと言われても、子供ばかりの喧騒の中でそれが容易に出来るとも思えない。

子供好きならばこの独特の雰囲気に癒されるのかもしれないが、子供嫌いではないものの生憎特別大好きというわけでもない。

そのうえ、素直で可愛い子供・幼い子達ばかりではなく、生意気盛りの小学生や中学生もいるかと思うと辟易としても仕方が無いだろう。

先ほど入院病棟をざっと回ったが、小さな子供はまだ無邪気なものの怯えた表情を向けるし、それなりの年齢になった子はアニメやゲームの話を振ってくる始末。

勉強詰めで遊んでいる暇など無かった湯沢には何も答えられなかった。

するとそれはそれで子供達に馬鹿にされるわで、今のところこの病棟で良い事の一つも無く、この先思いやられる心境だ。

頬が引きつりそうな笑みを浮かべ、湯沢は逃げるように非常階段へ向かった。

病院には関係者以外知らない非常階段というものが非常に多くある。

縦への導線を迅速にし緊急時の対応を早める為だ。

小児科周辺のそれはまだ教えられてはいなかったものの、他の階での経験から目星を立て、一見水道管か何かが隠されていそうな扉を開けるとその先には薄暗い階段があった。

けれど予測違いが一つ。

「・・・」

「・・・あ・・」

誰も居るはずなどないと思っていたその階段に、一人の少年が座っていた。

一目見て入院患者と解るパジャマ姿の、大きな瞳と柔らかそうな髪が印象的な少年で、入って来た湯沢をじっと見上げた。

「・・・君、こんな所に居たらだめだよ」

湯沢は作ったような笑みを浮かべると、その少年の前にしゃがんだ。

「どうして?」

「え・・っと。病気が悪化するかもしれないし、看護婦さんが心配するよ」

「みの、病気ないよ」

見た目よりも幼い喋り方である。

病気の弊害として呂律も悪いのかもしれないと考えたが、その少年は病気を無いという。

「え?でも、入院しているんでしょ?・・・あ、怪我してるの?なら尚更」

怪我でも病気でも、少なくとも桜木病院では18歳以下は小児科扱いである。

怪我ならば自分の専門分野だと少年を上から下まで見たけれど、パッと見た限りでは怪我をしている風にはとても見えない。

「・・・みの、元気だよ?」

少年は自分を指差しながら不思議そうに首を傾げてみせた。

『みの』なるは己をさすようだ。

「元気?」

「うん、みの元気」

それは病み上がりで元気という事か、本人は病状を知らないのか。

何にせよ、何も知らない子供に深く追求してはダメな気がすと、湯沢は曖昧な笑みを浮かべ実の頭を撫でた。

見た目通り柔らかい髪が、指に心地いい。

「そっか、良かったね。でもこんな場所にずっと居たら風邪ひいちゃうよ?」

非常階段は空調が整っていないが故に寒いし、パジャマ一枚で長時間居るといくら健康な者でも身体を悪くするだろう。

冗談めいた口調で言った湯沢に、少年は素直に頷いた。

「うん、じゃぁ、みのお部屋戻るね」

「そうして。俺は研修医の湯沢。また会えるね」

「・・・みの、みのる。うん、ゆざわ先生、またね」

パッと立ち上がった実は、湯沢に手を振りながら隠し扉から出て行った。

「『みの』か・・・」

幼いとばかり思っていたが彼はそうではないのかもしれないと、この短いやり取りの中でも感じ取れた。

その後数週間。

気力も体力も限界に近い研修中、子供のようで大人の、他者よりもゆっくりとした雰囲気を纏う実に支えられたのであった。



+目次+