三城×幸田・お礼用SS
(GWの冬樹)



三城法律事務所は、祝日の勤務は自由だ。

クライアントの都合により働かなくてはならない人は働けばいいし、それでも休みたければ強行に休めばいい。

仕事が無くとも事務所に居て新規の相談を受けている者も居る。

そんな三城事務所で、GWといえど所長である三城大治とその長男・三城冬樹も勤勉に働いていた。

「父さん、今日は家[実家]に泊まります」

「構わないよ。ただ、さっきから母さんに連絡がつかなくてね。夕食を頼め無そうにない」

「そうですか。こんな時間に珍しいですね。鞄の中に携帯を入れっぱなしでしょうか」

「そうかも知れないな。時間も時間だ、我々は外食で済ませて帰ろう」

誰も残っていないオフィスの明かりを消し、大治は施錠をした。

鍵を閉めるのが所長の役目だという決まりはなかったが、いつも最後まで残っているのは彼か冬樹だ。

深夜近くになりどちらかが「そろそろ」と言い帰宅するパターンが多く、その流れで夕食を共にする場合もよくある。

特別親子仲が良いという感覚はなく、共に食事をしていても会話の殆どが仕事かそれに関係する物だ。

疲れたの一言も口にしない二人は、馴染みの定食屋で遅い夕食についた。

「この連休、唯【ゆい】さんは里帰りか?」

「えぇ、とは言っても、立夏【りつか】を置いていっているのでGWも何もあったものじゃありませんけどね」

唯というのは冬樹の嫁で、立夏は二人の間の子供だ。

一人息子の立夏は今年中学三年になる。

親子で出かける事を疎む年齢になり、母親の帰郷など率先して居残っていた。

「一人家に残して来たのか?それなら立夏もうちに来れば良いじゃないか」

「いえ、うち[実家]からですと塾に通うには遠すぎるので」

都心に事務所を構える冬樹は自宅と実家どちらからでも出勤に大差はでないが、地元の繁華街・・・とまでもいかないような少し賑わった場所にある塾へ通っている立夏には大変な差が出てくる。

しかし、そうというのは建前でしかなく、唯の実家同様、三城の実家にしても中学三年生の男児が来たいと言うかは疑問であった。

「そうか、それならば仕方が無い。そういえば立夏は今年高校受験だったね」

「えぇ。学校の授業が止まる連休は復習にはもってこいだと本人も言っていますから」

「立夏は二人に似て優秀らしいね。母さんも退屈にしているからたまには来てやって欲しいのだけどね」

「とりあえず今日は僕で許してもらいましょう」

「あぁ、十分喜ぶよ」

他愛の無い会話は、すぐにプライベートな物からビジネスへと変っていった。

現在抱えている案件に詰まっていた冬樹には、連休を家族がどのように過ごすかよりもクライアントの行き先の方が気になるのだ。

どうにも手が出ないとまで考えていたが、さすが経験の差か大治のアドバイスは予想外のモノで、ため息すら出てしまう。

「すみません、勉強不足で」

「いや、これと似たような案件に当たった事があってね。いつの時代も組織の長というものは秘密を抱えたがるものだ」

軽く嫌味を交えながら笑って見せる大治も立派に「組織の長」であるが、まだまだ現役弁護士として現場に立つ彼にはあまりそのような意識はないのかもしれない。

事務所の責任は持つ、けれど勤める弁護士とは対等な立場である、というのが大治のモットーだ。

もっとも、後を継ぐ事になるだろう冬樹が、その姿勢すらも受け継げるかは不明である。

唇を濡らす程度にアルコールを飲み、店先からタクシーにて岐路に着いたのだった。


********

家に着いたのは深夜よりも少し早い時間である。

いつもならば外からでも家の中の明かりが見えているというのに、今日は違っていた。

庭から見えるどの窓からも小さな明かり一つ漏れてはいないのだ。

「朝は何も言っていなかったのだけどね。おかしいな、母さんはまだ帰ってないのか・・・まさか寝ているという事はないと思うが」

大治は不思議そうに首を捻り、冬樹も同様に眉を潜める。

沙耶子の外出予定は知らないが、彼女の就寝時間がもっと遅い事は知っていた。

その上、冬樹の記憶の中で彼女が大治の帰りを待たずして眠ってしまうなど一度として無かったのだ。

数台停められる駐車場には沙耶子の愛車が鎮座し、余計に疑問が膨れ上がる。

何時間も連絡がつかない事といい、何か事件に巻き込まれたか何処かで倒れているのかもしれない。

そうと思い当たったのは二人同時だったのか、早急な手つきで大治は鍵を開けると乱雑に靴を脱ぎ捨てて家の中へ上がっていった。

「ただいま、母さん居ないのかー?」

玄関を上がれどやはり明かりはどこにも見えず、大声で叫んだが物音一つ返ってはこなかった。

いよいよ焦りもピークになりながら、寝室へ向かう大治と別れリビングの明かりを点けると、そこはいつもと大差はなかったものの一枚のメモ用紙が目に飛び込んで来た。

今となっては大きすぎる6人がけのそこに、薄ピンクのメモ用紙だけが存在感を誇って置かれている。

「・・・」

手にしてみると、それはとてもよく見覚えのある沙耶子の女性らしくも几帳面な文字に間違いは無い。

「・・・っ・・」

メモを見た瞬間、それならば自宅に居なくても納得が出来ると思ったのと同時に彼女の行動に唖然とするしか無かった。

良い・悪いの問題ではない。

何故、誰に何の相談もなくそのような行動に出られるのか、そこが冬樹には全く持って理解が出来なかったのである。

それも、失礼ながら還暦を過ぎた女性が、という観点も含みでだ。

「どうかしたか?・・・母さんからメモがあったのか?」

寝室にも居らずやはり電話が通じないとぼやきながら、大治は立ちすくむ冬樹の元へ来てはそのメモを覗き込んだ。

『───春海と恭一さんの結婚式に出席する事にしたのでニュージャージーに行ってきます。寄り道をするので帰宅日は未定ですがご心配なく。  沙耶子───』

「・・・父さん」

「という事は今は飛行機の中かな。それじゃぁ連絡もつかない訳だ」

メモから目を離すと、大治は愉快だとばかりに笑い飛ばした。

「そ、そういう問題ではないでしょ。一言の連絡も相談も無く海外に出かけるなんて・・・」

非常識だ、という言葉が出なかったのは、親に逆らってはいけないという一昔前の教育を受けているからに他ならない。

そうでなければ愚痴の一つや二つ出てきただろう。

「お前は大概真面目だね。だから唯さんも疲れるじゃないのか?」

「父さん!今はそんな事は」

「さぁ、母さんの行方も解ったんだ。明日も仕事だし我々は寝る事にするか」

冬樹の肩をポンと叩くと、大治は話は終わったとばかりに広いリビングルームを後にした。

それはそうなのだ。

今更何を言ってもどうにもならないし、今すぐ沙耶子を連れ戻したいのかと言えば決してそうではない。

弟の結婚式にしても、法で認めら得えているニュージャージーで行うならば倫理的にも納得できるものだ。

だというのに胸に苦いものが残るのは、一重に沙耶子の急すぎる行動からである。

一人リビングに残された冬樹は唇を結ぶばかりだ。

ただ一つ改めて確信した想いは、弟二人は間違いなく沙耶子に似たのだろうというものであった。



+目次+