三城×幸田・お礼用SS
(三城の昇進の日)



この出張の一番の目的は、本日のプレゼンである。

パーティーはその付属でしかなく、幸田を連れて来る名目で参加しただけに過ぎない。

三城は取引先である企業の大型会議室の隅で書類を片付けていた。

「ハルミ、見事だった」

片手を上げながら、ローランが機嫌良さそうに三城の肩を叩く。

近くには他に誰もおらず、側近の秘書は表にでも待たせているのだろう。

「この程度、当然です」

いかにも嬉しげなローランに愛想も向けず、三城はそっけなく背を向けた。

今日まで自分が進めてきた準備を思えば、この勝利は極当然の結果でしかない。

本来はお門違いになってしまった自分がここに居るのも、勝てる見込みがあったからだ。

それに加え、ビジネスであるという以外の感情でも負ける事が出来ない理由が三城にはあった。

C&Gと張り合っていたのは───シーゼルが指揮を取る会社である。

先日のパーティでの件もあり、三城はいつも以上に気合が入っていた。

幸田に手を出すなどという姑息な真似を使ってまで三城を揺さぶろうとしたのだろうが、そんな事は何の役にも立たない。

用意周到、堂々たる演説により三城は無事に勝利を収めたのだった。

「そう言うな。今回は特に難しい所だったんだぞ。だからわざわざ日本からハルミを呼んだんだ」

三城は特別「難しい」とは考えていなかったが、C&Gの威信をかけた大プロジェクトである事は間違いがない。

故に忙しい中、社長であるローランもプレゼンに顔を出したのである。

「そうですか。良い結果に終われて安心です。後はこちらの担当者にお任せします」

本来ならば三城がこのプロジェクトの指揮を取るはずであった。

本社に移動して。

だがそうは出来なくなっても、ローランが「どうしても」というので関わっていたのだが、それも今日までである。

どうでも良さそうに言い捨て、話は終わりとばかりにブリーフケースを持ち上げる三城に、ローランは慌てもせずに悠々と言葉を続けた。

「あぁ、引継ぎはまた連絡をするよ。いや、本当に助かった───これで安心して任せられるってものだ」

「・・・」

「今、うちの息子が日本支社に行っているのは知っているね?」

「ええ、報告も受けています」

「表向きはただの視察だが、本当はそうではない。あれを日本支社長にしようと思う」

「・・・・」

ローランの息子───彼の事は三城も良く知ってる。

彼は真面目で堅物な程であり、後にC&Gのトップに君臨する人物。

そんな彼が一時的に日本支社を収めるというのは何もおかしな事ではなく、むしろ筋の通った話だ。

それはそうとして、何故自分に「任せられる」と言われる云われがあるのか検討がつかない。

不振そうに眉を潜める三城に、ローランは胡散臭いまでの笑みを浮かべてみせた。

「そこで、ハルミには愚息のサポートについてもらいたいと考えている」

「・・・」

「日本支社の副支社長になってはくれるね?」

「・・・・・」

ローランは、ニヤリと口角を吊り上げる。

それはもはや笑みと呼べるものではなく、試されているのだろうその表情を、三城は油断無く見つめ返した。

「元々ハルミはうちの経営陣として迎えたかったんだ。本来は本社に来てもらうつもりだったが、日本から離れられない理由は良くわかった。ならば、日本でその業務に当たってもらえば良いだけだ」

彼の言葉に、口を開けはしなかった。

日本で。

それは、何故か考えた事も無い選択である。

「今は世界に興味はないと言っていたが、それは本当か?諦めただけではないのか?」

「それは・・・」

日本など狭いと決め付けて。

けれど幸田が居るなら狭い場所でも構わないと思っていた。

だが、それは本当に正しい選択であったのか、このローランという男に揺さぶられる。

「何故諦めたんだい?もしもそれが日本から離れなれないという理由ならば、とてもくだらないね」

「・・・・・」

「日本に居ても構わないじゃないか。そこで世界を回せばいいだけだと、聡明な君が気づかないなんて」

「・・・・」

そこで世界を回せば良い。

凝り固まっていた古い考えが、三城を無駄な物に縛り付けていたかのようだ。

「いずれ愚息は日本支社を離れる日が来る。その時ハルミがどうなっているのか見ものだと思うのだけれどね。───やってくれるね?」

一番欲しいモノは手に入れた。

だがそれで満足が出来るほど、無欲な人間になどなれはしない。

「・・・はい、精一杯努めさせて頂きます」

やはりこの男について行こうと思ったのは、自分に昇進をもたらしたからではない。

飄々としているようで揺るぎ無く、軽いようでずっしりと据えており、偉大さを感じずにはいられないのだ。

「・・・」

三城はブリーフケースを手にしたまま、頭を深く下げた。

二度、彼の期待に沿えなかった。

けれど今回は、きっと期待以上の成果を残して見せよう。

再び顔を上げた三城は、いつものそして幸田が好きだと言ってくれる自信に満ち溢れた表情を浮べていたのだった。



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