ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実とお話)



何が食いたい?───とは聞いたものの、結局実は答える事が出来なかった。

遠藤が所有する家に実を連れ込み一通りの「事情」を済ませ、寝て起きた直後である。

下半身を晒した状態では遠藤の方が持たないと実に服を着せ、細く軽いその身体を膝の上に抱いていた。

「・・・」

先の質問を投げかけてから暫くが経ったが、実は黙ったままだ。

ニコニコとしながら首を捻り考えているようではあるのだが、実にとってはあまりに漠然とした質問だったのか、それとも伝えたい料理の名前が解らなかったのか。

先に折れたのは短気を懸命に耐えていた遠藤だった。

「決めれねぇなら俺が決めるぞ?」

苛立ちを隠すように煙草を咥え、遠藤は実から顔を背けた。

それは実に目をやれなかったというのと、紫煙が実に掛からないようにという理由があるのだが、残念ながらヘビースモーカーである遠藤が煙草そのものを耐える事は出来なかったようだ。

煙草は耐えられないがだからといって実を離そうともしない辺りがなんとも遠藤らしい。

短い距離を精一杯離し、細い煙を立ち上らせた。

片腕に実の体温を感じながら、悪態を吐いてしまいそうだった唇はただ煙を吐き出す。

何も実自身に苛立っている訳ではなく、これこそが「実」なのだと頭では解っているのだが人の気の短さなど直ぐに伸びるモノではない。

かれこれ15分近くの沈黙を我慢しただけでも今の遠藤にとっては賞賛ものである。

「うん。ゆた、決めて」

一拍置いて頷いた実はどこか安堵した息を漏らした。

遠藤に耐えるモノがあったのと同じく、実にも辛いところがあったのだろうか。

煙などお構いなしに、実は顔を背ける遠藤を覗き込むと笑って見せた。

こんな時にそんな可愛い顔や仕草をするなんて。

無邪気なその笑顔に自然と瞼が下がった。

「何食いに行くかなぁ・・・」

「俺が決める」とは言ったものの遠藤にもプランがあった訳では無く、そもそも自分の好みと実の好みでは大きな差がありそうで、実の───子供味覚の感覚が解らなかった。

故に「何が食いたい」と聞いたのだが、その作戦が通じないとなるとどうするべきか。

遠藤の独断で店を選ぶと飲み屋の類になりかねない。

それは「食事」ではないし、第一実を連れて行くのに適切とは言い難い。

「・・・そうだな。実は肉と魚どっちが好きだ?」

「えっとね、えっと、みの、お肉」

実の表情が、パッと輝く。

そのうえ回答までのスパンも確実に早まっており、先ほどまでただニコニコと首を傾げていた時とは明らかに違う変化に遠藤は密かに眉を上げた。

「肉か。肉ってーと焼肉かステーキか、実だったらハンバーグもアリか。後は・・・」

「ゆた。みのね、はんばーぐ好き」

「あ?あぁ、そうか。じゃぁハンバーグ旨いとこするか」

「うん。はんばーぐ」

実はコクコクと頷きながら「はんばーぐ」と繰り返し呟いた。

その表情は本当に嬉しそうで。

膝の上に跨る身体を遠藤が支えていなければ転倒しかねない程フラフラしているというのに、当の実はお構いなしにはしゃいでみせた。

あぁ、そうか。

こういう風に聞けば良かったのか。

いつの間にか灰ばかりになっていた煙草に気が付くと、辺りを汚してしまう前にそれを灰皿へ押し付けた。

自由になった両手で実の腰を抱くと、逃さないとばかりに腕の中に閉じ込める。

不意の動作に驚いた顔を見せる実も、遠藤には可愛くて仕方がなかった。

一人で全てを決められなくとも、手を差し伸べて道先を照らしてやれば出来る事が実には沢山あるのだ。

実は今まで自分の周りに居た誰とも違う。

だからこそ惹かれたし、絶対に手を離したくないと思った。

すぐに実の全てが解らないのは仕方が無いのだと、今は互いに諦めるしかないようだ。

「上手く理解してやれねぇで悪りぃな。もう少し我慢してくれ」

「・・・何を?」

「さぁな」

身体を密着させられた実は、安定を求める為か目の前にあった遠藤の襟を握り不思議そうに首を深く傾げた。

潤み勝ちな大きな瞳で射抜かれると、何故かフッと狡猾な笑みが漏れてしまう。

こんなにも純な実を、果たして霧島の虎が理解出来る日は来るのだろうか。

それは永遠に来ないような気もするし、案外容易に解ってしまえるような気もする。

白と黒。

違い過ぎる恋人とのこれからの生活が、楽しみでならない。



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