ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(監禁?)

いつになく急患が続いた。

医者というのは定時などあって無いようなもので、途切れなく駆け込む患者の数が落ち着き夜勤の医師だけ任せられるようになってようやく帰宅が出来る。

ここ暫くはそれでもまだ早く帰れていたのだが、今日は病院を出る頃には零時を越えてしまっていた。

だがそんな程度、研修医の頃は日常茶飯事だった為特別何とも思いはしない。

強いて言うならば、明日は外来の日で早く行かなくてはならないから少し辛いな、でも頑張らないとな、という位だろうか。

疲れたと口にするのは好きではなかったが、一日中働いた疲労が確実に身体に残っている。

早く風呂に入って眠りたい。

強制的に中里に付けられていた運転手の男を後ろに従へ自宅の扉を開けると、そこには出来たばかりの恋人の姿があった。

「遅かったな、亮太」

「・・・ただいま、学さん」

だがそこに甘い雰囲気は微塵も無い。

白い壁に背を預ける格好で立っている中里には笑みの一つも浮かんではいないし、第一声音が低く唸るようだ。

彼の機嫌の悪さは聞くまでもなく、助けを求めるように離れた場所に立つ中里の側近二人に視線を向けても、動く気配を見せない彼らは湯沢を助けてくれる気は無いようである。

「そんなとこで何してるんですか?」

靴を脱ぎながら、あくまで明るく好意的に。

さっさと寝てしまいたい湯沢は中里を避けようとしたが、行く手を塞ぐように立たれ叶わなかった。

その上、中里は「好意的に」接するつもりはないらしい。

「午前様とはいい度胸だな」

「別に、そんなんじゃないです。ちょっと急患が続いちゃって。じゃぁ、明日も早いから・・・」

「明日は行かなくて良い。いや、二度と行かなくて良い。俺が院長に話しつけてやるから今すぐ辞めろ」

「またその話ですか?辞めませんったら」

己を見下ろす中里に、湯沢は深いため息を吐いた。

毎日この会話だ。

何度「辞めない」と言ったところで諦めてはくれず、それどころか遠藤や谷、運転手の男や一度しか会った事が無い組員にまで頭を下げ懇願される始末。

辞める辞めないと言葉を交わすのも疲れてしまったが、だからといって湯沢が身を引く訳にはいかない。

そんな簡単な気持ちで勤めてもいないし、医者になるまでの努力と苦労を思えば尚更である。

「お前に拒否権なんてねぇんだよ。俺が辞めろと言ったら辞めろ。解ったな」

「解りませんよ。とにかく、明日は外来もありますから寝させてください」

「行かせねぇつってんだろ!」

「っ・・」

一際大きな声を出した中里は、拳で壁を叩いた。

音や声に驚きはしたが、だがそこで大人しくなってしまう人物ならば、今ここで中里と同居など出来てはいない。

「壁叩かないでください。大きな声出せば良いと思わないでください」

「るせぇ。怒鳴られたくなかったら俺の言う事聞いてろ」

「イヤ、です」

中里の眼力にひるむ事無く、湯沢は湯沢で出来うる限り20cm上の彼を睨みつけた。

傍から見ればそれは小型犬が遥か大きな龍に盾突いている風にしか映らないのだが、本人は対等に挑めているつもりである。

「何が不満だ?金でも何でも好きなだけ使えつってんだろ」

「だから、仕事出来ないのが不満なんです。お金は関係なくて、俺は患者さんを助けたいんです」

就職先に総合病院を選んだのも、より大きな病院の方が給与面が恵まれているというのもちろんあったが、様々な患者に出会えるというのが一番だ。

辛く厳しい夜勤勤務も、己を成長させる大変な経験だと考えている。

いくら金銭に不自由せず遊んで暮らせると嘯かれても、首を縦に振るわけにはいかなかった。

「それは却下だ。家に居ろ」

「嫌です。いい加減にしてくださいよ、毎日毎日。学さんひつこいです」

「ンだと?それはてめーだろ」

顎を上げる中里のこめかみが震えたのが見えた。

壁に添えられている彼の拳が手の中できつく握りこまれている。

何も中里を怒らせたい訳ではない。

むしろ落ち着かせてさっさと終わらせたいと思っているはずなのに、あまりに理不尽な要求に口を吐くのは正直な反抗心ばかりだ。

「家から出れねぇようにするぞ」

「っ・・」

地を這うような声音であった。

ここには中里の命令に忠実な男が溢れるほど居る。

今周りに居る3人ももちろんそうだ。

どうやらこのマンション自体も中里の所有物のようで、湯沢一人を「出さないように」するのは至極簡単なように思えた。

「・・・卑怯です」

「あぁ、俺はヤクザだからな。何とでも言え」

開き直ったように中里は冷笑を浮べた。

今の彼ならば本気で自分を閉じ込めるだろう。

危機を感じ、咄嗟に玄関に視線をやってしまったのが悪かったのか、中里は素早く湯沢の腕を掴んだ。

「俺から逃げられる訳ねぇだろ?」

「っ・・・・」

本気なのか。

冗談を言っている風には思えないが、好きな人の嫌がる事をするなど一般人の湯沢には考えもしない事だ。

滅多に感じない彼に対する恐怖が沸き起こり始めた時、中里の手の上に別の手が掛けられた。

「組長、先生はカタギさんですから、あまり手荒な事は」

谷だ。

中里と同等の体格を持つ彼の側近の一人が二人の間に入り、谷は手を離すと慇懃に頭を下げた。

「俺が加減してねぇ訳ないだろ」

「もちろんです。ですが・・・」

表情の読めない谷は、頭を上げると湯沢に目をくれる事無く中里に何やら耳打ちをした。

フェアではない状況は面白くなかったが、今はそれどころではない。

谷は敵か味方かわからないが、出来るならば助けて欲しい。

目を盗んで視線をやったもう一人の側近、遠藤は冷ややかな表情で眺めているばかりで手も口も出す気はやはり無いと見える。

数言谷が何かを言っているうちに、中里の表情は明らかに変化していた。

険しく厳しいものから、いつも湯沢の前で見せる───にやりとした笑みへ。

「ま、そうだな。しゃぁねぇなぁ。亮太、今の所は見逃してやる。寝るぞ」

「へ?・・え?」

「お疲れ様です」

中里から離れた谷は初めて湯沢を見ると深く頭を下げて見せた。

だが、そんな事で状況が理解出来る訳が無い。

「学さん、何?どうなったんですか?」

「言っただろ、とりあえず今の所はこれまで通りさせてやる。俺の気が変らないうちに寝るぞ」

掴まれたままだった腕を引かれ、湯沢の軽い身体などあっという間に寝室へと連れ込まれる。

鍵を掛けずにベッドまで誘導された辺り、監禁は免れたようで内心大きな安堵感で満たされた。

腕を離されるとベッドに身体を沈められ、そのまま中里の巨体が覆い被さると、「寝る」とはどうやら睡眠を取るという意味ではないようだとはわかった。

「俺、明日早いんです・・・けど」

「わかったわかった。早く終わらせてやるから心配するな」

そういう問題じゃない。

する事自体が疲れるのだ、と言いたいのはやまやまではあったが、湯沢はため息一つで諦めた。

中里の機嫌の変化は謎のまま。

谷が何を伝えたのかも不明で、腑に落ちない事は沢山ある。

だがグダグダ言ってまた口論になるのも面倒だし、監禁されてしまうよりも何倍もマシ、第一───湯沢も久しぶりの彼とのSEXは嫌ではない。

「・・・別に、早く終わらせてくれなんて言ってません」

中里の手が湯沢のネクタイにかけられる。

唇を合わせながら、湯沢は己でベルトを解いたのだった。


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