ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(湯沢の驚き・前編)


一日の勤務を終え、腹を満たす為だけの夕食を済ませ帰宅したのは深夜よりも随分と早い時刻であった。

こんな時間に帰れるのは久しぶりだ。

空腹に耐え切れずその辺で一人手早く食事は済ませたものの、アルコールを飲むのは自宅で十分。

さすが霧島組・組長の自宅とあってか、家には随時かなりの数のアルコールと食材が用意されていた。

その中には湯沢の好みが考慮された物も既に加えられており、「飲む」と言えばすぐにビールとアテがテーブルの上にセッティングされるだろう。

中里の部下を我が物のように使いたい訳ではないが、湯沢自身がキッチンに立つとそれはそれで周りがうるさいので任せる事にしている。

ただでさえ仕事で疲れているのだ。

妙な、どうでもいい揉め事で体力も気力も使いたくはないし、本心を言うならば家事や雑用をしてくれるのは大変助かっている。

病院への送り迎えにしてもありがたい限りで、それが「暴力団」の権力と財力の元に行使されているのかと思うと複雑な心境ではあるのだが、考えない用にしていた。

直通のエレベーターでマンションの最上階に到着し、扉の少ない廊下を進む。

このフロア───霧島組が管理するフロアは、メインの家が全体の8割以上を占め残り2割には組員達の駐屯所の部屋が数軒あるのだという。

そこには入った事がないし、ヤクザがひしめいているのかと思えば入りたいとも思わない。

今の時間ならば中里が自宅に居るか居ないかも定かではないな、と護衛を引きつれ玄関扉を開けた湯沢は、見慣れぬ小さな靴を見つけ内心首を傾げた。

元々組員の出入りが多い家だ。

中里の護衛はもちろん、家事・雑用の若者や到底ヤクザには見えない身なりの男。

だがその誰しもが、眼下にあるようなカラフルで可愛らしいスニーカーなど不釣合いなのである。

よもやそのスニーカーが女性物にすら見えてしまい、いぶかしみながらもメインルームへ足を向けると、そこには思いも寄らなかった訪問者が湯沢を待ち構えていた。

「ただいま・・・へ?」

「あ、ゆざわ先生、帰ってきた」

「お。亮太帰ったか」

「へ?えぇ?」

無駄なまでに広いリビングルームに一際存在感を誇り置かれているソファーセット。

L字型にセッティングされているそこのテレビが見やすい位置に中里と、そしてその膝の上に───実が居たのである。

何故実がここに居るというのか。

彼は桜木総合病院で入院中ではないのか。

病院の廊下で中里と親しげに話している姿を見かけた事はあるが、まさか彼が無断でよもや無理やりに連れて来たのではないだろうか。

様々な疑問が一瞬にして脳裏を駆け巡る中、当人である実は至って明るい表情を浮かべて見せた。

「ゆざわ先生、お帰りなさぁい」

「あ、うん。えっと・・・実くん、どうしてうちに・・・?」

中里の膝の上へ極普通に椅子にでも座るかのように鎮座する実と、その椅子となっている中里をどちらともなく見る。

実が現れた衝撃が大きすぎて、他の状態が把握しきれていないのは幸か不幸か。

廊下とリビングを隔てる仕切り扉からこちら、ちょっとした距離を湯沢はトボトボと歩いた。

「ちょっとな。遠藤に頼んだ仕事が長引いてんだ。普段は奴の帰りが遅くなっても子守役にまかせっきりらしいが、どうせなら今日くらい構ってやろうと思ってな」

有り触れた日常を話すかのような中里に実も同意を示し頷くばかりであるが、湯沢は彼の言葉が上手く理解出来ない。

疑問ばかりが持ち上がり、実をじっと見ても返ってくるのはホンワカとした笑顔のみである。

「遠藤?って、あの遠藤さんですよね?中里さんの側近の」

「あぁ、その遠藤だ」

「何で実くんがうちに居るのと遠藤さんが関係あるんですか。・・・もしかして遠藤さんが実くん攫って来たんですか!?」

中里の側近中の側近、霧島組NO.2の男の顔を思い浮かべる。

スラリとした体躯に鋭い相貌。

よく見ればとても容姿が整っていると解るのだが、それよりも畏怖が先立ってしまう氷のようなオーラを全身から放出しているいかにもなインテリヤクザ。

無表情か機嫌の悪そうな顔しか見た事がなく、彼ならば人間の一人や二人容易に誘拐してしまえるのではないか。

もしもそれが正解ならば、そんな事を容認する訳にはいかない。

実の入院する桜木総合病院の医者として、否それ以前に一大人としてだ。

尖る瞳で詰め寄る湯沢に、中里は愉快そうな声を上げた。

「はっ。攫ったっちゃぁ攫ったな。と、言っても実の了承の元だぞ」

「・・・了承の元、攫った?」

「実は遠藤の情人だ。恋人って言った方がいいか?」

な?と中里が問うと、実は嬉しげに頷いた。

「うん。みの、ゆたのこいびと。あのね、一緒に住んでるの」

「ゆた?」

「遠藤の事だ。『えんどうゆたか』だからな」

実と遠藤の同居も驚きであるが、彼がこのような可愛らしい呼び名を容認しているというのも驚きである。

もう何から驚いて良いのかも解らず、湯沢はドサリと空のソファーに腰を落とした。

「俺の見舞いに毎日病院へ通っていた遠藤は、それはそれは天使のような少年に出会い・・・まぁ、あれだ。攫った訳だ」

「結局攫ってるんじゃないですか」

「実も納得してるし、法的な手続きも合法だぞ。問題はねぇんだよ。疑うならお前んとこの院長にでも聞いてみろ。全部知ってっから」

そこまで言われると本当なのだろうと唇を噤んだが、とりあえず明日朝一番に院長に確認はとって見るつもりだ。

実の家庭環境や長期入院の理由は有名で、故に彼が病院から出る事が出来たのはとても喜ばしいと思う。

今にしても、実からは負の感情が伝わって来ず、助けを求めている風にも感じられない。

だが、何がしっくり来ないのかと言えば、単に実の相手が遠藤だと言われたからである。

あの冷徹を絵に描いたような遠藤と、中里も例えた通り天使のように純粋な実。

出会いは解ったものの、どこをどうすれば恋愛に発展したのか想像もつかなかった。

「実くん、騙されてるとか無い?酷いこととか痛い事されてない?」

「・・・?みの、ゆたにひどいも痛いもされてないよ?」

「本当に?実くんが気づいてないだけで、実は何かに利用されてるとか・・・」

「ねぇよ、んな事」

何がそんなにもおかしいというのか、中里はソファーに背を預け大げさに仰け反りながら声を上げて笑った。

「お前、遠藤にどんなイメージ持ってるか知らねぇが・・・まぁ、あながち間違っちゃぁいねぇだろうがな。だが、あいつも実の前じゃぁデロデロだぞ」

「デロデロ?」

「実が可愛くて可愛くて仕方がねぇって感じだな」

「嘘っ・・・」

「嘘吐いてどうする。実、遠藤好きか?」

「みの、ゆた、好きぃ」

身体を小さく左右に揺らせながら、実は嬉しそうに言った。

遠藤の真偽はまだ定かでないものの、実が幸せそうである事だけは疑いようがない。

病院で見せていたどこか何かを諦めているような笑顔とは違う、晴れ晴れとしたその表情は見ていると湯沢の頬すらも緩み、「そっか良かったね」と呟いていたのだった。


+目次+