ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(プールに行きたい!)


ある日遠藤が自宅に戻ると、待ち構えていたように実が玄関へと姿を見せた。

嬉しげに頬を綻ばせ、実なりに駆け寄って来るのが解るのだが、その理由は思い当たらない。

ただ遠藤の帰りを待ち浴びていたにしては大仰である。

「ゆた、おかえり」

「ただいま。どうした、何か良い事でもあったのか?」

「あのね。みの、いきたいとこ、見つけた」

「いきたいとこ?なんだ、それ」

「でーと。ゆた、いきたいとこさがしとけ、言った」

なるほど、実の笑顔の理由はそんな事であったのか。

危なっかしい足取りの実を捕まえると、遠藤はその身体を易々と抱き上げた。

「あ?あぁ、行きたい所、な。そりゃ良かった何処だ?」

とりあえず、とメインルームのソファーに向かうと、広いそこの所定位置に遠藤は実を抱えたまま座る。

向かい合う形で膝の上に実を座らせると、実は当たり前だとばかりの表情でそれを受け入れた。

立っていれば身長差が大きいが、こうしてみればむしろ実の顔の方が上にあるくらいだ。

これはこれで遠藤の気に入るところで、相変わらず嬉しげに話す実を下から見上げる。

「あのね、みの、ぷーるいきたい」

だが、その花の笑みから告げられたリクエストに遠藤は喉を詰まらせた。

理由は言わずもなが。

遠藤が───背中に極彩色を背負う遠藤が一般のプールになど向かえる筈がなかった。

とはいえ、「一般」ではないプールならば不可能ではない。

例えばホテルのプールや、あまり味気は無いが普段通っているジムなどであれば貸切にする交渉の余地はある。

などと考えていた遠藤の思考は、ヘラリと笑う実本人により無残に打ち砕かれてしまった。

「おっきーい、すべりだいあるところ。あそこね、みの、いきたい」

「なんだ、それ」

少なくともホテルやジムのプールでない事は明白だ。

眉を寄せる遠藤に、背後から助言の声が掛けられた。

「頭、実さんが言ってるのは、今TVのCMでやってる『プールミラクル』って所の新しいアトラクションっすよ」

「プールミラクル?・・・あぁ、千原も何か言ってた気がするな」

こちらはもちろん「行きたい」などではなく株か権利か、何にしても仕事の話だ。

そこは確か、広大な敷地と豊富なアトラクションが人気の室内温水プール施設だったと記憶する。

プールの他にスパやエステもあり、子供だけではなく女性にも人気らしい。

「プールなぁ・・・」

初めて実から「行きたい」と言ったのでその気持ちは尊重してやりたい。

とはいえ遠藤が素肌を晒せないのもまた事実である。

他の者に同行させるという手も無きにしも有らずだが、千原も中里もついでに言うならば谷も遠藤と同じ理由で頼れない。

赤星は実の世話を頼めるタイプとは思えないし、後ろに居る長谷川と実を二人きりでデートスポットにもされる場所に放り込むのは癪に障りすぎた。

そもそも実が泳げるのかと考えれば、即答で「否」であると直ぐに解る。

プール自体が初めてであるというのももちろんだが、足の悪い実が練習したとしても容易に泳げるようになるなど思えなかった。

浮き輪を持たせれば良いのだろうが、もしも泳げない実がそこから滑ってしまうと溺れるのではと考えると、ますます他者に実を預けるなど恐ろしくて出来ない。

「それにね、おっぱいおっきなおねぇちゃん、いっぱい居るよ。ゆたも、見たい?」

「あ?何だそれ。誰にそんな・・・・おい、長谷川、てめぇだろ。そんなくだらねぇ事教えやがったのは」

「や、ちょ、その・・・プールには水着の女が居るって言っただけで・・・」

「うそ。じゅんくん、はだかみたいなかっこうのおねぇちゃん、いっぱい居るって言った」

「ンなもんが珍しいのかぁ?女の裸が見たけりゃぁ風俗でも行ってろ・・・・っぁ」

そうだ。

プールには裸同然の水着姿の女達が居り、それ以上に面積の少ない水着を男は───実は着用しなければならないのである。

大勢の人に、実のあの厭らしい裸体を上半身だけとはいえ、何故晒さなければならないのか。

白く細い肉体、そして可愛らしい乳首は全て遠藤だけに許された宝物[ほうもつ]だ。

「でね、すーごくおっきなすべりだいがあってね、それでね」

「ダメだ。ぜってぇダメだ。解ったな」

満面の笑みを浮かべていた実の面持ちが、きょとんと不思議そうな表情になり、そして泣き出しそうな寂しげなそれへと変わっていった。

しゅんと萎れ、俯く姿はいかにも可哀想である。

「・・・ゆた。何で?ゆた、ぷーるきらい?」

「嫌いじゃねぇけどな。ダメなものはダメだ。他の場所だったら連れて行ってやるからな」

ようやく実が見つけた「行きたい」場所であったけれど。

こればかりは譲る訳にはいかない。

明確な理由を示さない遠藤に納得が出来ない様子の実は暫く「何で?」を繰り返していたのだった。




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