ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(長谷川の面接)


実を引き取った遠藤には、完全バリアフリーの新居探しも重要であったが、それ以上に神経を尖らせるべく問題を抱えていた。

「実の護衛なぁ・・・」

本部の専用事務室、様々な書類をワークデスクの脇に積み上げ、遠藤は無意識にため息を零した。

今は手の空いている組員にその役割を任せているが、いつまでもこのような状態で居る訳にもいかない。

片手間で実の世話をされるのも気に入らないし、そいつらが遠藤の満足いく仕事をするかも不明だ。

今まで囲った女にも「護衛」は付けたが、その別名は「見張り」である。

万が一不穏な行動に出ないか、また他所に男を作らないか、などの要因の為、女に取り入られさえしなければ誰がその役目に付こうが一向に構わなかった。

だが、実は違う。

心情的に今までと格段に「特別」であるのは勿論の事、加えて身体的事情も十分に考慮すべきであるからだ。

実の場合、「護衛」の別名は「護衛兼、見張り兼、──子守兼、介護」である。

気が長く実の思考を待てる、気が利き実に手をかせる、それなりの腕っ節があり、信用のおける人物。

そんな者が必要であった。

中里の権力を示すかのように霧島の組員数は少なくは無く、腕っ節の立つ者ならば多数居るが他はどうだ。

信用云々はともかく、前者二件については難関であるように思えた。

「どいつもこいつもなぁ・・・・」

遠藤自身もそうであるがヤクザ者に短気は多く、一番重要な部分が一番困難で、眉間を寄せても適任が思いつかない。

腕を組み深くため息を吐く遠藤に、後ろで控えていた千原が声を掛けた。

「頭、長谷川はどうでしょう?」

「長谷川?誰だ、そいつ」

こめかみをピクリと吊り上げ振り返る遠藤に、千原は素早くデスクの正面に回る。

「最近入った組員で、私の舎弟という形になっている二十歳の男です」

「若けぇな。そんな奴に任せられんのか?根拠は?」

若者はただそれだけで短気だ。

加えて、ヤクザになろうなどと思う奴が気長で辛抱強いタイプとも思えない。

「はい。長谷川は見た目はチンピラチンピラしていますが、時間と金にきっちりとした男です。腕っ節如何はそこそことしか言いようはありませんが、何より───向いているかと」

どこか言葉を濁した感が否めない千原に鋭く目を眇める。

わざわざ提案した人物故にそれなりの「何か」はある筈だが、時間と金にきっちりとしているが腕っ節すら「そこそこ」、でしかない人物を押す意図が読めない。

元々上機嫌とは言えなかった遠藤は、声を低く唸らせた。

「根拠はなんだつってんだ。ンな程度で任せられると思ってんのか?」

「いえ。根拠ですが、長谷川は兄弟が多かったらしく、下の兄弟の面倒を見ていたそうです。つまり───」

「あ?・・・あぁ、そういう事か」

子供・幼児の扱いになら慣れている、と千原は言いたいのだろう。

千原が言葉を濁した要因も理解出来、遠藤はそこに触れることなく懐からタバコを取り出した。

「なるほどな・・・」

だが、いくら子供・幼児に馴れているとしても、実は実際のそれではない。

ただ兄弟が下に居た、というだけの材料で大切な実の護衛を任せるには危険過ぎた。

「そいつに会えるか?」

「はい、今事務所に居ると思われますので直ぐにでも」

「呼べ」

考えて答えが見つかる問題だとも思えず、ならばこの目で見て確かめるしかないだろう。

紫煙を吐き出す遠藤に千原は一礼を寄越し、携帯でどこかに連絡をしたかと思うと数分としないうちに事務室の扉が叩かれた。

「しっ失礼しますっ」

全身から緊張を滾らせながら入ってきた青年は、派手なシャツと着崩したスーツにジャラジャラとしたアクセサリー。

遠藤に直接呼び出されたとあり彼なりに身なりを整えたつもりなのだろうが、ある意味想像を裏切らない「チンピラ」であった。

自分も千原も決してカタギに見えるとは言い難いが、それは風体よりも威圧感や鋭過ぎる双眸故だ。

だがこの長谷川という男はいかにも軽そうで、こんな奴が世話役、それも思考の遅い実の世話役など出来るものなのか。

不信感を抱きつつも立ち上がると、遠藤は応接セットへと向かい千原を隣にそして長谷川を向かいに座らせた。

黙って煙草を取り出すばかりの遠藤に代わり、千原は事の次第を長谷川に話し始める。

神妙な面持ちでそれを聞いている長谷川は、相当緊張をしているのかガチガチに固まっていると見て取れた。

兄貴分の千原はともかく若頭である遠藤とは会うのも初めてで、更に個人の事務室に呼び出されたのだ、それもそうだろう。

「───と、いう訳だ」

大まかに伝えると、千原は探る視線で長谷川を見つめた。

この男をと提案し始めた時から感じてはいたが、奴は長谷川をそれなりに気に入っているようだ。

だが、私情だけで大切な仕事を任せる千原ではない。

「仕事は、頭が出かけてから帰宅するまで。常に実さんと行動を共にし、必要あらばお助けする。それから、些細な変化でも俺に連絡をする事。生活補助と護衛を兼ねていると考えてもらって良い」

「・・・えっと、仕事内容は解りました。けど、障害っていうのはどの程度っすか?俺、赤ん坊の面倒は見た事あるけど、障害者は・・・」

「何せ思考が遅いんだ。実が答えるまで待てりゃぁ問題はねぇ」

ようやく遠藤が口を開くと、長谷川はあからさまに肩をびくつかせた。

恐々とした目で遠藤を見ていたが、唇だけは硬く結んでいる。

「実はやらねぇんじゃねぇ、出来ねぇんだ。考えんのも足もな。それが理解してやれんなら、てめぇに任せる」

その視線を、遠藤は恐れられて止まない眼力でねめ返す。

出来るのか、この男に。

「っ・・・」

チラリと千原を見た長谷川は、ソファーに浅く腰掛けていた身を乗り出し片手をセンターテーブル付いた。

再び遠藤に視線を注ぐと、力強く頷く。

「やります。遠藤若頭、俺にやらせてください」

「解ってんだろうが、『やりました、けど出来ませんでした』で実に何かあったらただじゃ済まされねぇぞ?」

「はい。・・・初めから全部うまく出来るなんて言えませんけど、でも俺、精一杯やります。失敗したらどんな制裁加えられても構わねぇってくらい、頑張ります」

「言うじゃねぇか。てめぇ、千原の舎弟だったな。てめぇの失敗は千原の失敗だと覚えとけよ」

「・・。はい。兄貴に迷惑かけねぇようにします。それじゃぁ・・・」

「長谷川に任せる。しっかりやれよ」

「あ、ありがとうございます。俺、ほんと、すげぇ頑張ります」

「頭、ありがとうございます。私からも指導しますので」

「あぁ。せいぜい頑張れ」

死にたくなかったらな、という言葉は喉を突いたものの幸い唇には上がらなかった。

そんなものの為に頑張られては、趣旨が違ってくると考えたのだ。

短くなった煙草をセンターテーブルの中央に置かれたクリスタルの灰皿に押し付けると、それを合図に千原が立ち上がり長谷川が続く。

そろそろ中里の元へ向かう時間だ。

難題の一つが一応片付いたが、この結果如何が明らかになるのはまだ先の話である。



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