ストーカー編・10



あれから3日が経ち、毎日写真入封筒が郵便受けに届けられていた。

正直辟易としているが、こういった悪戯は相手にしないに限る。

被害者が大騒ぎするから加害者は調子に乗るのだ、と持論を振りかざした幸田は特別何のアクションも起こさないままであった。

万が一警察にでも届けたりすれば、三城との同居が公となりそれこそ犯人の思う壺ではないか。

とはいえ、それでも犯人だろう目星を付けている宍戸には、周囲に知れないよう個人的に静止を呼びかけようとはしていた。

だが相変わらず授業時間以外で全く彼の姿を見かけられないので、残念ながらそれは「努力した」が何も変わっていないのである。

「・・・・」

封筒の中身の写真については、初めての日にエレベーターホールでばら撒いて以来中を見ていない。

見たところで、きっと同じようなスーパーや学校やらでの隠し撮り写真で、不愉快にこそなれそれ以上の感情は起こらないだろうから、そんなもの見ないに限る。

ただ、日に日に封筒の厚みが増しているような気がするのはただの気のせいではないだろう。

はっきりと比べた訳ではないが、書斎のデスクの上に乱雑に置いた、この3日間に届けられた3つの封筒を一見した限りでそう感じられる。

「お先、失礼します」

「おつかれさま。また週明けに」

専用のデスクからヒラヒラと手を振る上田に見送られ、幸田は職員室を後にした。

日も沈んだ時刻、それも週末金曜日ともなれば、さすがに学校に残って居る教師も生徒も少ない。

幸田のように仕事を週明けに持ち越さないよう遅くまで残っていた教師と、上田のように部活顧問をしている教師がチラホラ職員室に残っていただけで、大半はさっさと早いうちに帰っている。

同僚の女性教師・原田や塚本は授業を終えるとすぐに楽しげな様子で二人揃って下校していたが、きっと今日も帰りが遅いだろう三城が待ってもいない自宅に帰るしかない幸田は時間を気にする理由も無い。

「・・・ハァ。これで月曜から次に進めるな」

一週間の仕事を終えた週末というのは往々にして疲れが溜まるものだが、今週は特に格別だ。

思い返せば月曜日の放課後に突きつけられた三城との屋外での抱擁写真の脅しから宍戸の件が始まったのだ。

そう考えればまだたったの5日。

だというのに、『SEXさせてよ』と言われたのなどもっとずっと以前の事で、長い間この件について悩んでいるような錯覚に陥る。

自宅に届けられる幸田の隠し撮り写真は別として、あの日以来、宍戸が幸田を直接脅す事はなかった。

もっとも、宍戸との接触自体がないのだから当然とも言える。

加えて、こうして幸田が平穏に未だ教鞭をとれている事からも解るように、写真どころか三城との関係も、何処にもバラされている気配はない。

現在の実害は、隠し撮り写真だけである。

「・・・・来てる、かな」

3日続いた、悪趣味なプレゼント。

単純に考えるならば、今日も届けられているだろう。

学校ではもちろん、スーパーや自宅周辺や、ふとした折に気にはしてみるのだが周囲に宍戸も不振な人物も見当たらなかった。

隠し撮りの、撮影技術に関しては写真を真っ当に見ていない為何とも言えないが、隠れる技術については相当高いという事か、それともただ幸田が鈍感なだけか。

幸田としては前者だと思いたい。

もしも、今も以前のように電車通勤ならば、レンズを向けられる確立はもっと増えていただろう。

今更ながら、車を買ってくれた三城に深く感謝した。

その安息の場所となった愛車のハンドルを握り、幸田は自宅マンションの地下駐車場へ下っていく。

今日は遅くなってしまった。

写真の件がある為あまりうろつきたくはなかったが、土日を考慮し行き着けのスーパーで食材を買い込んでいたのである。

これだけあれば、土日を一度も外出しないで過ごす、という選択肢を選ぶ事も可能だ。

所定の駐車スペースに向かうとその隣に、久しぶりに目にするメタリックブルーのBMWが停まっていると離れた場所からでも気がついた。

最近はもっぱら、朝は三城が早く帰りは三城が遅い。

「・・・あ、帰ってるんだ」

今日もまた自分の方が早いとばかり思っていたのに。

いくら普段より帰宅が遅くなってしまったとはいえ、ここ数日の三城の帰宅時間よりもずっと早い時刻だ。

自然と緩んでしまう頬を抑えきれず、幸田は重いスーパーの袋を両手にエレベーターに乗り込んだ。

早く三城に会いたい。

気持ちばかりが逸って、足がついていかない。

この前、酷く焦燥な三城とSEXはしたが、それっきり。

口付けや抱擁はもちろん、真っ当な会話すら交わせていなかった。

三城が居る、そう思うだけで一週間の疲れなど忘れ去り、いっそ小走りになりながら鍵の掛かっていなかった自宅へ飛び込んだ。

「ただいま。春海さん、ただいま」

靴を脱ぐ間さえ惜しい。

両手に持った袋が邪魔で廊下とリビングを仕切る扉を開けるのが困難だったけれど、そんな事は些細だ。

体当たりをする格好で、満面の笑みを浮かべリビングへ入ったが───ダイニングテーブルから幸田を出迎えた三城は、滅多に見せない程の憤怒の表情を浮べていた。

「・・・春海、さん?」

「恭一」

低く、感情を必死に抑え込んだような声音。

いつもの甘さなど微塵も感じられない聞き馴れないそれに、幸田はただ名を呼ばれただけで背が震えた。

自分は一体、こうまで彼を怒らせる何をしてしまったのか。

考えたくても上手く思考が働いてはくれない。

「恭一、これは、なんだ?」

「へ・・・?」

リビングに入ったばかりのまま手にした袋を下ろすでもなく、身動きも出来ず三城を見つめていると、彼は何かを手にバンッとダイニングテーブルを叩いた。

その凄まじい音に、あからさまに肩を揺らす。

三城が物にあたるというのもとても珍しい。

「これは、どういう事だ?説明しろ」

「・・・あ」

ダイニングテーブルに散らばる4つの茶封筒。

幸田の宛名だけが記された差出人不明記のそれらを目にしてようやく、彼の怒気がどこから来るものなのか理解出来た気がした。



 
*目次*