ストーカー編・11



阿呆のように立ち尽くすばかりだった幸田は、大きな打撃音と茶封筒の出現で我に返った。

手にしていた重いスーパー袋を握り返すとキッチンの前に置く。

そしてそそくさと所定位置である三城の向かいの席に腰を下ろしたが、激しい表情を浮べる彼を真っ直ぐに見る事は出来なかった。

「・・・あの、それ、どうして?」

「恭一の車が駐車場に無かったから郵便受けに寄ったんだ。帰宅が早い方が郵便物を取って帰るのはいつもの事だろ。そうしたら、差出人が書かれていないいかにも不審な封筒があったから、悪いとは思ったが中を見させてもらった」

言いながら煙草を取り出す三城は、彼の得意な「何処が悪いと思っているんだ」と言いたくなるような謝罪を口にする。

きっと悪いなんて思っていないどころか、とてもふてぶてしくすらある彼に対して、自分宛の郵便物を勝手に見たという趣旨の不満は不思議と湧いては来なかった。

それよりも、ずっと知られないで済むと考えていた事が露呈してしまったと動揺している。

「中に入っていたのが大量の写真だと解った瞬間驚いた。だがそれ以上に驚かされたのは、恭一の部屋に同じ物が3つもあった事だ」

静かに、いっそ淡々と話す三城は、怒鳴り散らすよりも恐ろしい。

元より口の達者な人だが、こうなってしまえば言う事全てが嫌味ったらしく聞えるというのもある。

「っ・・・ごめん、なさい」

「一つは封も空いていたしな。何故、俺に話さなかった?話す価値が無いとでも考えたのか?」

「それは・・・」

価値が有るか無いか、と考えた事はない。

だが、多忙な三城にどうしても知らせなければならない程度のものではないだろうと判断したのは事実。

毎日朝は早く夜は遅く、会社での心労も多いだろう彼に、これ以上心配事の種を増やしたくなかったというのもある。

けれど、怒号露にした三城を前にした今となってみれば、そのどれをとってもただの幸田のエゴでしかないように思えた。

良かれと思って選んだ選択は、どうやら間違っていたようだ。

「・・ごめんなさい」

「そんな事は聞いていない。何故だ、と聞いている」

「その・・・春海さん忙しそうで。心配掛けるのも悪いなって・・・」

「・・・・。恭一は俺を何だと思っているんだ?あぁ、そりゃぁ心配するさ。封筒の中身を知った時、動揺したし恭一の身に危険が起こるのかと不安になった。だが、それと仕事が忙しいのは別だ」

「ごめんなさい」

馬鹿の一つ覚えのように、同じ謝罪の言葉しか出てこない。

テーブルの下、膝の上に置いた両手を握り締めた。

「謝るという事は、悪いと思っているのか?そう、解っていて隠していたのか?」

「・・・悪いって思ってやってた訳じゃないし、特別隠そうとしてたつもりもないけど・・・」

「隠していたじゃないか」

「言ってなかったけど、隠そうとしたんじゃ・・・」

「同じ事だろう」

「同じじゃないよ。だって、それに、話す時間もなかったし・・・」

「話をする時間が無かった?そんなモノは言い訳だな。朝だろうが夜だろうが、少しの時間を裂くに値する内容ではないのか?それに、先日SEXしただろ。そんな時間があるのに、恭一にとってこれを報告するよりも俺と寝る方が有意義だと感じたという訳か?それも悪い気はしないがな。だが侮蔑はつけるべきではないか?」

冷淡な瞳のままクッと笑ってみせる三城は、取り出したままであった煙草の先端をテーブルに叩く。

いかにも苛立たしげな彼の言い分に、幸田はカッと頬に赤らめ息を詰めた。

気味の悪い写真が送られて来ていると知らせていなかったのは本当に悪いと思っている。

けれど、それにしても余りな言い方ではないか。

正直、何故彼がここまで怒っているのか解らない。

そもそもあの時の行為は三城が一方的に、それこそ会話を交わす隙もなくしかけてきたものだ。

「なっ・・そ、そんな、言い方しなくてもいいじゃないか。それに、あの時は春海さんが・・・」

「俺が?俺が何をしようが、大切な話しだと感じているなら静止を掛けるべきだ」

「そんな。あーいう時の春海さん、止めてくれないじゃないか。絶対、僕が何言ったって止まってくれない」

体力も腕力も、同じ男だと思うと悲しくなる程の差があるのだ。

自分がいくら彼を抑えようとしても簡単にひっくり返されてしまうし、言葉なんてもっと容易く三城は聞き流してしまう。

「なんだと?そうだな、ただ『止めてくれ』と言われても止めはしないだろうが、『ストーカー被害にあっている』と言われればそちらを優先する」

「ストーカーって・・・こんなの、ただの悪戯だよ・・・」

今日を入れてたった4回、写真を大量に送りつけられて来ただけ。

他では視線も感じられないし、付き纏われている訳でもない。

こんな程度で大の大人のそれも男が騒ぐのはみっともない、と眉を顰める幸田に、三城は更に鋭く瞳を眇めた。

「やはりな。恭一がそんな考えだから犯人が付け上がるんだ。お前は人の気ってものを考えているのか?」

「考えてるよ。そんな・・・春海さんの方が考えてない・・・っていうか考え過ぎだと思う」

「なんだと?・・・・前々から感じてはいたが、恭一は自分というものを解っていない。無防備で八方美人過ぎるんだ」

「なにそれ。・・・僕には、春海さんがどうしてここまで怒るのかが解らない」

次第に、幸田の中にも小さな不満が芽生えて来る。

自分の非は認める。

けれど、重ねられる三城の言葉はきつく、理不尽にすら感じられるのだ。

だいたい、自分を無防備だの八方美人だの、そんな風に思っているのは三城だけではないのか。

「・・・そうだな。恭一に言っても、俺がどれだけ心配しているのか伝わらないだろうし、迷惑に感じるだろう」

「迷惑って・・・そこまでは思ってない、けど」

そうか、三城は心配をしてくれていたのか。

伝えていなかったと、秘密にされていた事を怒っていた訳ではなく、被害を知らなかったと怒っていたとは今まで気がつかなかった。

瞬間的に沸き起こった怒気は、同じく急速にしぼんでゆき、それどころか先ほど以上の申し訳無さが胸に宿る。

結局、三城の言う通り、彼の気持ちなど理解出来ていなかったという事だ。

「ごめんなさい、そこまで心配してくれているとは考えてませんでした・・・」

「そうか、解ってくれたか?・・・なら、これは警察に届ける」

「え!?待って、警察は待って!」

しゅんとなったのもつかの間。

短くなった煙草を灰皿へ押し付ける三城に、幸田は慌てて声を上げた。

警察にこんな物を持っていかれて万が一犯人を、───宍戸を見つけられては困る。

未来ある少年がこんなつまらない事件で警察のお世話になるなど、教師として阻止すべきだ。

立ち上がらんばかりの幸田に、三城は瞳を眇めた。

「何故だ。何が不都合がある?」

「それは・・・・その・・・」

犯人は受け持ちの生徒だと、そしてその生徒がこのような事をし始めた原因は二人の抱擁シーンを写真に撮られ、脅した幸田がSEXを拒絶をしたからだ、などと言うのは躊躇する。

「言えない事か?それとも、警察に男二人住まいを知られたくないか?」

「・・・それもあるにはあるけど、そうじゃなくて」

「ならなんだ」

「犯人に・・・心当たりがあるんだ。だから、僕が自分で説得するから・・・」

「だめだ。危険だ」

「危険って・・・本当に大丈夫なんだ。月曜に会えるから、その時絶対、もう止めるよう言うから、警察は待って」

「・・・話にならないな」

少しの間を空けて、三城は殊更低い声で言った。

静まりかけていた彼の怒気が、再び持ち上がってしまったようだとさすがの幸田も気がつく。

テーブルに散乱した封筒を纏めそれを手に立ち上がった三城に、幸田は慌てて追いすがった。

犯人が宍戸だとしても、彼だけを責められない理由が幸田にはある。

だから、警察沙汰なんてさせる訳にはいかない。

「春海さんお願い。本当に・・・生徒、なんだ。多分、これをしてるの僕の生徒で、だから警察は・・・」

意を決したというよりも、咄嗟に口を吐いたと言った方が正しいだろう。

懸命に言葉を紡ぐ幸田を振り返った三城は、心底以外そうな表情を浮かべただ見つめ返したのだった。



 
*目次*