ストーカー編・12



縋り付かん勢いで懸命に説得すると、三城は不満そうにしながらも一応は納得し思い留まってくれた。

けれど、月曜日に幸田が宍戸を説得出来なければその時は有無を言わさずに警察へ行くというのが約束である。

絶対大丈夫だ。

話せば宍戸も自分のしている事の無駄さに気が付くだろうし、第一警察に行くと言えば思い改めるに決まっている。

高圧的に条件提示をした三城に、幸田はどこか確信を持って了承をした。

ただもう一つ約束をさせられたのは、月曜までの二日間、土日に関しては外出をしないというものだ。

それというのも三城が両日共に仕事であり、幸田一人で出かけるのは危険だと彼が譲らなかったからであった。

写真を送りつけてくる犯人が誰であれ、あれはストーカー行為である、と三城は言い張っている。

幸田としてはやはり悪戯だとしか思えないのだが、聡明で、そして一度決めるとなかなか意見を代えないとよく知っている三城の言葉に大人しく従う事にした。

ただでさえまだピリピリとした雰囲気をしている彼を不用意に気を逆撫でしたくなかったし、幸い食料や食材はたっぷりと購入してある。

加えて、特別な予定も約束も無かった為、二日間を引きこもりで過ごしても大丈夫だ。

むしろ三城も居ないこの休日、普段出来ない掃除や家事に当てようと考えた。

忙しいのを言い訳に日常的なそれですらもサボり勝ちなのだ。

そう考えれば外出禁止は全く苦にはならず、念入りな掃除と手の込んだ料理、それから平日よりは早く帰宅してくれた三城と甘い時間を味わい、二日はあっと言う間に過ぎていった。

「おはようございます」

まだ教師の数も少なく閑散とする職員室に入った幸田は、誰にともなく挨拶を口にすると与えられている席へ向かった。

「あれ?幸田先生今日は早いですね」

「えぇ、ちょっとやらなきゃいけない事忘れてたので」

「へぇ。いつもきっちりなさってる幸田先生にしては珍しい」

「ははっ。僕にもそういう事結構ありますよ?」

姿を見るなり話しかけて来た同僚教師を何気ない笑みで追い払い、幸田は浅いため息を吐いた。

彼の言う通り、今日の幸田はいつになく早い出勤だ。

部活や委員会の顧問活動が活発ではない幸田は、大抵の場合職員会議の時間に間に合うよう15分や20分前に登校している。

けれど今日は普段よりも一時間以上も早く家を出たので、珍しく三城に見送りをしてもらった。

何故幸田がこんなにも早く出かけるのか、聞かずとも察しがついたらしい三城の射るような瞳がやけに印象的だった。

「・・・・」

やり忘れた仕事、などというのはもちろん嘘で、真実は誰あろう宍戸と確実に会う為に他ならない。

今までのように短い休み時間を授業の準備をしながら探すなどという甘い事は言っていられない状況だ。

警察はだめだ警察はだめだ、と頭の中でグルグルとリピートしながら、鞄を片付けると幸田は一息落ち着きもせず職員室を後にした。

何処で宍戸を待とうかと散々迷ったが、一番立ち止まって居ても怪しくないだろうから、という理由で下駄箱に行く為に生徒が多く利用する校舎の入り口に向かった。

特別決められた仕事という訳ではないのだが、時間の空いた教師はここに立ち、生徒に挨拶をしたり服装の違反を注意したり時間を促したりしている。

遅刻間際の時間帯になると必ず誰か教師が居るのだが、この時間ではまだ誰もお役に付いていないようだ。

それどころか、部活をするには遅く普通に登校するには早い中途半端な時間のせいか、教師どころか生徒の数も少ない。

「おはようございます、幸田先生」

「先生おはよー」

「おはよう」

口々に挨拶を交わし前を通り抜けて行く生徒に、幸田は微笑を向けた。

まだ新入りの幸田はここに立った経験は少なかったが、朝から声を出し生徒と触れ合うというのも良いものだ。

元々校則が厳しい方ではない由志高校では服装の違反者も少なく、ここで挨拶を飛ばす一番の目的は遅刻ギリギリになった生徒を追い込む事だろう。

だが残念ながら、無責任と言われるやも知れないが、今日の幸田はそんな時間までここに居るつもりはない。

授業の受け持ちでなく顔も名前も知らない生徒からも挨拶をもらい胸が暖かくなりながらも、幸田は必死に宍戸を探していた。

ここまで来て彼を見逃してしまえば笑いものだ。

気が緩みそうになると、まじないのように「警察」「警察」と思い浮かべては意識を引き締めた。

そろそろ生徒の登校ラッシュ時になり、そうなると大勢の中から宍戸一人を見つけるのはそれこそ大変になる、と危惧した矢先。

「・・・あ」

ようやく、宍戸が現れた。

校門から真っ直ぐに何くわない雰囲気で一人歩いて来た宍戸は、幸田を見つけると呆然と立ち尽くす。

彼の小さく上げた声など周囲の雑音にかき消され幸田の耳には届かなかったけれど、開けられた唇から虚を突かれたと伝わる。

「あ。宍戸、おはよう」

ここで逃げられても反発を見せられても困ると、幸田は出来る限り交友的な笑みを浮かべた。

もしも宍戸に走り出されでもすれば幸田に勝ち目はない。

「宍戸、待ってたんだ。今、ちょっと時間あるかな?」

「今・・・ですか?」

「うん。ホームルームが始まるまで」

短い距離を宍戸に歩み寄った。

二人の周囲を行く生徒達は特に気に留める事もなく、ありふれた教師と生徒の触れ合いとでも感じてくれたようだ。

ただ目の前の宍戸だけは、全身から緊張と警戒が感じられる。

幸田の目的に心当たりがあるのか無いのか、無い筈は無いと思うのだが、じっと見つめてやれば彼は諦めたように薄く頷いた。

「・・・・大丈夫です」

「そう、良かった。じゃぁ、ここじゃぁなんだから、来て」

良かった。

口にしたのと同じ想いが幸田の胸に広がってゆく。

とりあえず呼び出しに応じてくれた、それだけでも得た安堵感は大きい。

「行こうか」

宍戸の腕に触れ先へ促した幸田は、ほっそりと瞳を眇めて笑んで見せたのだった。



 
*目次*