ストーカー編・13



予め準備をしていた鍵を使い、幸田は視聴覚室の扉を開いた。

頻繁に使用する部屋ではない上に人通りの少ない廊下にある為、不意に誰かが入ってくる確立はとても低いのだと以前先輩教師の誰かが言っていたのである。

窓から差し込む太陽の光を借り、電灯をつけないまま宍戸を室内へ促した。

「・・・こんなとこに何の用?まさか、こないだの俺のお願い、叶えてくれる気にでもなった?」

細長い机の一つに寄りかかる宍戸は、言葉とは裏腹、どこか投げやりにも感じられる口調で言った。

あの放課後の日の勢いとは程遠く、今の彼は到底本気には感じられない。

「そんなんじゃないよ。そうじゃなくて、もう止めてほしいんだ」

「・・・止めて?何を?」

「何をって、言わなきゃ解らないのか?宍戸に止める意思がないなら、警察にだって行くぞ。そうなったら学校にも、もちろんご両親にだって知られるんだからな」

冷静に話をしようと決めていたというのに、シラッとした態度の宍戸につい口調がきつくなってしまう。

そしてそんな幸田に反発するよう、宍戸もまた口ぶりを激しくした。

「は?何言ってんの?俺けーさつのお世話になるような事やってないし」

威嚇するよう睨み付ける宍戸に、我に返ったよう幸田は息を落ち着けた。

生徒と教師が同じ土俵に上がってはいけない。

元より簡単に認めるなんて考えていないのだ。

冷静さを取り戻すと、幸田はポケットに忍ばせていた数枚のあの写真を取り出し、証拠だとばかりに宍戸に突きつけた。

「毎日毎日、僕の家に写真を送りつけていたのは宍戸だろ」

写真入の封筒は三城が全部持って行ってしまっていたが、この何枚かだけは借りて来ていた。

その時何故彼が写真を貸し渋ったのかは不明だ。

「・・・・」

「他の写真も全部取ってある。止めないなら、これを持って警察に行くからな」

もちろん幸田にその意思は微塵もない。

むしろ、全力で警察行きを阻止したく今ここに居るようなものである。

行くと言いはっているのも実際に行動を起こすのも三城で、そして彼は幸田よりも雄弁で警察さえも丸め込んでしまえるだろう人物なのだ。

敵に回したくないのは幸田か三城か、考えなくても解るだろう簡単な問題だ。

真摯に、どこまでも真剣な眼差しで宍戸を見つめる幸田に、渡された写真を全て見終えた宍戸は───心底不思議そうな表情を浮かべた。

「・・・・・・・先生、何、これ?」

「・・・え?」

それではまるで、初めてこれらを目にしたと言わんばかりではないか。

まさか、そんな。

もう一度写真に視線を落とす宍戸を眺めながら、幸田は更に問い詰める言葉をなかなか見つけられずにいた。

宍戸のそれは演技だろうか。

ならば相当上手いのではないか。

呆然とするばかりの幸田に、宍戸は先程までの怒気がどこへやら、小ばかにしからかうように口にする。

「へぇ・・先生って普段こんな感じなんだ。あ、これって学校帰り?でもさ、こんな物俺に見せて何がしたい訳?」

「・・・宍戸、これに心当たりがないのか?」

「は?無いに決まってるだろ、こんなの。学校の外で先生見たのなんてあの写メの時だけだし、それに送りつけるも何も、先生の家も住所も知らないし」

「・・・嘘だろ?お願いだから、本当の事を言ってくれ」

「本当に知らないって言ってるだろ。・・・何なんだよ。これって俺への当てつけ?教師のくせに酷くない?」

「・・・」

全くだ。

宍戸の口調や態度から彼が嘘を吐いていないなど簡単に解るだろうに、自分はなんて愚かしい事を堂々と口にしてしまったのか。

けれど、そうとしてしまう程に認めるのが怖かったのだ。

これを送りつけて来ているのは宍戸ではない、それを認めてしまえば次に持ち上がる疑問、これは一体誰が───

「・・・・ごめん。酷い事を、言ってしまった」

己の失言と突きつけられた真実に青ざめた幸田は、肩を落としうな垂れた。

宍戸の手に握られたままの写真を、途端にとても恐ろしい物のように感じてしまい、もはや真っ当に見る事すら出来なくなっている。

「マジで。ほんと酷いって。こんな物まで用意してさ、俺を懲らしめたかった?」

「そうじゃ、ないんだ。・・・・ごめん、僕はてっきり・・・」

ボソボソと、俯き呟く幸田に、宍戸は顔を覗き込むと息を呑んだ。

「先生?すっげぇ真っ青。まさか、これ本物の隠し撮り写真?嘘・・・・」

「うん・・・ごめん」

「先生、これ撮ったの俺だと思ってたんだ?でも違くて・・・」

「そんなとこ。ごめん、確かめもせずに。酷い事も言ってしまったし───」

「そんなのどうでも良いよ。それより、先生これってストーカーじゃない?行こう。警察直ぐ行こう」

宍戸は、熱い口調で言うとふらつかんばかりの幸田の肩を抱いた。

「宍戸・・・ありがとう。うん、でも今から授業があるから」

「でも・・・・」

「心配してくれてありがとう。それから、本当にごめん。教師失格だね」

「そんな事ない。そりゃぁこんな物送りつけられて来たら誰だって怖いし、俺がこないだ変な事言ったから、犯人だって思ったって不思議じゃないって。だから、先生悪くないから」

「・・・宍戸」

さっきは犯人と決め付けてかかってしまったのに。

警察に行く、だの嘘を吐いている、だのと言ってしまい彼が激昂しても仕方が無いだろうに、だというのに今の宍戸は本当に心配げに眉を寄せていた。

彼はこんなにも優しい子だったのか。

己の発言が更に恥ずかしく感じ、幸田は苦笑を浮かべると肩に置かれたその手に触れた。

「ありがとう。宍戸は優しいな。僕なんて脅して誘わなくても、ちゃんと同年代の彼女見つかるよ」

「・・・・・先生」

「それから、ばら撒かないでいてくれて、ありがとうな」

早まってゲイの世界に来る事なんてない。

思春期の勘違いであるならば絶対に後悔する。

自分は三城という最愛のパートナーを得る事が出来たけれど、やはり世間的には異性愛者の方が圧倒的に有利なのだ。

他人の心配を出来る優しい子なのだからきっと素敵な恋人が見つかるだろうと笑みを向け、幸田は重ねていた手を離した。

「さ、そろそろチャイムなるから行こうか」

これからどうするべきか学校を出るまでに考えなくてはならないし、それ以上に授業についても上の空ではいられない。

いつまでもクヨクヨもオロオロしている場合でもないから、気持ちを切り替えなくては。

「早くしろ」

「あ、先生ごめん」

不安を隠し凛と叫ぶと、駆け寄って来た宍戸を部屋から出し視聴覚室を施錠した。

偶然であるが、一時間目は宍戸のクラスの授業だ。

「じゃぁ、後で授業でな。ホームルームも遅れるなよ」

「先生の方が、職員会議遅れるよ」

手を振り、幸田は足早に職員室へ歩いて行った。

───その背中で、宍戸がどのような表情を浮かべ何を思ったのか、幸田は知りえなかったのだった。



 
*目次*