ストーカー編・16



男を乗せたパトカーを見送り、幸田はようやく安堵の息を吐き出した。

長かったようで短かったストーカー騒ぎも終結という事か。

まさか本当に悪戯ではなくストーカーだったなど未だに俄かに信じられず、これでまた三城に頭が上がらなくなったな、とぼんやりと思い浮かんだ。

「恭一さんにはまた後日、事情聴取で署に来てもらう事になるだろうけど。今日はとりあえず休んで。大変だったね」

「わかりました。室町さんも、お休みの日なのにわざわざありがとうございます」

男を引き取りに来た刑事達が居た時はパリッと背筋を伸ばしテキパキと指示を与えていた室町だが、幸田と二人になると途端に雰囲気が崩れている。

裏表が有る、というよりもON・OFFの使い分けがはっきりしている人物だという印象だ。

「いーえ。それより、一応俺の方から春海に連絡入れとくか」

言うなり室町は携帯を取り出すと、幸田が言葉を挟む隙も与えず発信ボタンを押す。

数秒──漏れ聞えはしなかったが2コールくらいだろう短い時間だけで通話は繋がったらしく、室町が天井を仰ぎ口を開いた。

「あー俺。やっぱ居たわストーカー。──あぁ──男。ナイフ持ってたけどド素人だな──心配すんな、取り押さえたし逮捕した──あぁ、あぁ、わかってる──そうか、伝えておく」

何を話しているのか、たった今の出来事などまるで無かったように室町は至って気軽だ。

だが思えば、室町は警視なのでこの程度の事件は日常茶飯なのだろう。

じゃぁな、と通話を終えた室町は二つ折りの携帯を折りたたみポケットに戻した。

「春海、直ぐ帰るって。晩飯でも作って待っててやって」

「え?だって帰るって、まだ5時になるか成らないかじゃ・・・」

咄嗟に袖を捲り腕時計を確認すると、正にそれぐらいだ。

こんな時間に帰宅するなど、余程特別な用か休日出勤の日でも滅多にある事ではない。

「春海程にもなれば定時なんてあって無いようなものなんじゃない?いっつもスカしてる春海をあんなに慌てさせるなんて、さすが恭一さん」

「慌ててたんですか?」

「大慌て。恭一さんに怪我はないかだとか犯人はどうなったかだとか。ありゃぁ、会社に居たって仕事なんか手につかないだろうな」

「・・・」

あの三城が仕事に手がつかないなんて。

この件について、初めから三城は当事者の幸田より何倍も杞憂をしてくれていたのだ。

警察に行くのは月曜以降、という約束を破られたのはショックではあったものの、胸に暖かいものが流れ込む。

家に食材はあまり無かったと思うが、出来る限りのご馳走を作って三城の帰りを待とう。

早く彼に会いたいと、無意識のうちに頬が緩んだ。

「じゃ、そういう事で。今更念の為もないけど、エレベーターまで送るよ」

「家に寄っていって下さい。良かったら夕食も是非。それに春海さんももう直ぐ帰って来るんだったら・・・」

どこか当然のように室町に家に寄るとばかり思っていた。

むしろ家に来る途中で事件が起こったのではないか、とまで感じていたので帰るという室町を幸田は慌てて引き止めたが、彼はあっさりしたものだった。

「春海が帰って来る前に恭一さんと家で二人っきりになるのは拙いし、帰って来たって俺はお邪魔だろうから、今日は遠慮しとくよ」

「そんな・・・女性じゃないんですから、別に二人っきりになったって・・・」

「恭一さんはそうだろうし、俺も潔白だけどね。春海はそうは思ってくれないだろうから。あいつ怒らせると面倒なんだよね」

先を指さす室町に促され、幸田は足を動かした。

エレベーターに向かってはいるが、室町は本当にただ送ってくれているだけなのだろう。

せっかくの休日を潰してくれた室町を玄関にも上げず返すのは本当に気が引けたが、無理を言うのも申し訳ない。

もしかするとこの後別の用があるのかも知れない、とまで考え幸田は薄く頷いた。

「わかりました。今度、お礼も兼ねて改めて遊びに来てください。大したものは出来ませんけど、料理とお酒用意しますから」

「いいね。噂の恭一さんの手料理、是非食べてみたいね」

噂とは、三城は一体どんな風に室町に言っているのだろうか。

ハードルを上げられている気がしなくもなく苦笑が浮かぶ。

「今日は本当にありがとうございました。室町さんが居なかったらどうなっていたか・・・」

「礼なら春海に言ってやって。ストーカーなんてそうそう出てこないだろ、っていう俺の話も聞かずに恭一さんを護衛しろって言い張ったのはあいつだから」

「そうなんですか・・・でも、それでも室町さんは来てくれたんですね」

「まぁね。春海の勘って妙に当たるから。出来る男は勘も鋭いって本当なんだねー」

そういう室町もキャリアの警視なのだから十分に「出来る男」の部類に入るだろう。

そして、仕事が出来るだけではなく正義感も溢れる立派な警察官なのだと改めて感じた。

「お、来た。これ乗ったら安心だね。じゃ、春海によろしく」

「はい。本当にありがとうございました」

エントランスと同じオートロック式となっているエレベーターが到着すると、手を振る室町に別れを告げた。

何度礼を口にしても足りないくらい、室町には感謝してもしきれない。

まだ他にも聞きたい事はあったけれど、それは三城に問う事にする。

エレベーターの扉が閉まるまで、幸田は室町に手を振り替えしていたのだった。



 
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