ストーカー編・18



やはり三城に連れて来てもらった店はいつでも絶品だ。

カップルばかりの中全く気にした様子の無い三城と、その環境になれてしまった幸田はシェフお勧めの肉や野菜を目の前で焼いてもらい食した。

メインの牛肉ももちろんたが、それ以上に焼いたアスパラの旨さは感動モノである。

今日は三城もアルコールも控えていたので、食事を終えると早々に店を後にした。

「春海さん、ごちそうさま。美味しかった」

「そうか。恭一が気に入ったなら良かった」

レストランから離れた駐車場までの道を並んで歩き、散歩のようなそれはただの外食をデートと名を変えてくれるようだ。

数歩の沈黙の後、幸田はレストランでは人目を気にして口に出来なかった事をふと三城に尋ねた。

「そういえば、どうして室町さんに来て貰ってたの?・・・警察にはまだ言わないって言ったのに」

「警察には言ってないだろ」

「言ったじゃないか。だから室町さんが・・・」

「何を勘違いしている。俺はただ、たまたま警視をしている友人に、たまたま話しただけに過ぎない」

「・・・」

何がたまたまだ。

三城がそんな計画無く話しをする筈などなく、ムッと瞳を眇める幸田にけれど彼はいけしゃあしゃあと続けた。

「それに、たとえ警察に行ったとしても相手にされないうえに、要らぬ恥を晒すだけだ。それならば、興信所で犯人の身元を割らせてから警察に被害届けを出し、弁護士を通して賠償金を請求した方が良いだろう」

「興信所って・・まさか、行ったの!?」

確かに今警察に行っても聞く耳すら持って貰えないだろうとは幸田でも解る。

だが、だからと言って興信所に頼もうとは考えもしなかった。

しかも本人が行くのではなく、三城が幸田のストーカー調査を依頼するのも「付き合っています」と公言するようなもので、それも恥さらしではないか、と考えたが、彼がそんな事を気にする筈がないと同時に思い当たる。

「いや。今日の昼間は会議があってどうしても外せなかったから明日行こうと考えていた。それで、とりあえず今日は休みだという室町に護衛を頼んだ訳だ。だが結果的には正解だったな。興信所は犯人を見つけても取り押さえてはくれないだろう」

「そっか・・よかった・・っていうか、室町さんに改めて御礼しないと」

大切な休みを友人の男の恋人の為に潰したのだ。

帰り際に何度も礼は言ったが、やはりとても足りないと思う。

「そんなものは構わない。あぁ、兄さんには電話で伝えておいたから、今後の賠償金関係はスムーズに行くと思うぞ」

「お兄さん・・・?」

「冬樹兄さんだ。言っただろ、『弁護士を通して』と。こういった事は早いに越した事はない」

「言ったの!?冬樹さんにこの話ししたの!?」

「あぁ。妙な弁護士に頼んで法外な弁護士費用を取られるのも、賠償金を削られるのも嫌だろ?その点、兄さんなら信用している。それとも父さんの方が良かったか?」

「そういう問題じゃぁ・・・」

どちらにせよ、三城家の人達に男のストーカーが付いて居た事が知られてしまったのだ。

こんな事、恥ずかしくない筈が無い。

「心配してくれたのは解るけど・・・」

「解ってくれたなら良かった。恭一は無防備すぎる。たまには世間の目よりも自身の安全を優先するべきだ」

「だって・・・」

そんな事を言っても、社会で生きている限り世間の目は気になる。

幸田としては、三城のように堂々と出来る方が不思議でならないし、己が出来ないからこそ彼に惹かれたとも言えた。

それに、これでも以前よりはずっと気にしなくなったのだ。

「でも、どうして僕の生徒じゃないって解ったの?」

結果的に宍戸ではなかったが、ずっと彼が犯人だと考えていた。

幸田が何度もそう訴えていたにも関わらず室町を学校の外で待たせたというのは、三城には犯人が別に要ると考えてだろう。

いかにも不思議げな幸田を、三城は鼻で笑った。

「お前、あの写真見ていないのだろ?少しでも見れば解る。学校での写真は一枚もないし、朝や夕方自宅の周辺やスーパーだけだ。生徒ならまず学校で撮るだろ」

「・・・あ」

言われればそうだ。

そして、あの写真を恐怖と嫌悪から全く見ていないのも正解である。

そうと教えてくれれば、幸田とて宍戸に詰め寄らなかったというのに、三城は意地が悪い。

「詰が甘いな。ま、恭一のそんな所も可愛いのだがな」

そう言うと、幸田が反論を口にするよりも早く、三城は路肩の薄明かりの下幸田の腰を強引に抱き寄せた。

あまりに急な事に、幸田はバランスを崩し三城の胸に倒れこむ。

スーツ越しに三城の暖かさを感じられる───が、そこに甘んじる事なく幸田はすかさず三城の胸を力いっぱい押し返した。

「今はダメ」

「誰も見てない」

「見てるかも知れない!前は見られてたっ」

「前・・・?」

いつにない幸田の抵抗に三城は大人しく腕を放してくれた。

「先週の日曜日、食事した帰りに駐車場で抱き合ってたのを生徒に見られて、写真撮られた。で、・・・脅された。断ったんだけど、それでストーカー騒ぎはその子のせいかと思ったんだ」

「聞いていない」

今まで甘やかであった三城の美声は険が尖っているとしか言えないものへと変わり、幸田はとっさに視線を反らせた。

こうなると解っていたからこそ、今までその話題を避けていたのだ。

「・・・言ってない、かな」

「何故だ。何故そんな大切な事を今まで言わなかった。このような状況がなければ今後も話さなかったつもりか?」

「・・・そう、かも」

苦笑いで流そうと幸田は何事もなかったように再び歩き出したが、三城はそうとはさせてくれなかった。

幸田の手首をがっしりと掴み、振り返れば明らかに怒っている。

「何を脅されたんだ?金銭か?」

「・・・違う」

「成績の改ざんか?」

「・・・・・違う」

「なら、何だ」

「・・・」

「言え」

「・・・・。エッチ、させてって。じゃなかったら学校に写真ばら撒くぞ、って」

「まさか、させたんじゃないだろうな」

「してないよ。直ぐに断った」

「学校に知られても良かったのか?」

「よくは、無かったけど。でも、そんな春海さん裏切るような真似出来ないし、最悪クビになっても、次の職見つかるまで春海さんに養ってもらったらいいや、とか・・・」

「ずっと、高校で教鞭を取りたかったんだろ?」

「そうだけど、でも、それより大切な事くらい僕にもあるよ」

甘い考えだと、三城は怒っただろうか。

あの決断をした時、三城に頼る事しか考えていなかったが、それを今馬鹿正直に話さなくても良かったと思う。

けれど一度口にしてしまった事は引っ込められず、幸田がそろそろと三城を見上げると、顔が見えるよりも早く彼の腕が幸田の背中に回された。

力強く抱きしめられ、押し返す隙も無い。

「春海さん、だからっ」

「恭一は、可愛いな。あぁ、その選択は正解だ。何があっても俺はお前を守ってやるからな」

「ありがとう、だけど、今はダメだって・・・」

男として、守って貰う事が前提なのはどうかと思う。

出来るだけ自分の身くらい自分で守りたい。

けれどそうと出来なかったのが悲しい現状で、けれどそれと今の状態は全くの別問題だ。

離して、と幸田が何度繰り返しても中々離してはくれなかった三城は、互いの唇を軽く触れ合わせようやく解放してくれたのだった。



 
*目次*