ストーカー編・2



梅雨の季節。

連日降りしきる雨の中、空の装いとは裏腹に晴れ晴れとした表情を浮かべた幸田がマイカーのハンドルを握っていた。

日曜日だというのにスーツ姿、緩む面持ちで向かっているのは、三城のオフィスの程近くにある以前は頻繁に利用していたシティーホテルである。

それというのも、今日は久しぶりに三城とデートなのだ。

同居を始めてからめっきり回数を減らしていた「待ち合わせ」にも胸を躍らせ、視界が悪いというのに上機嫌だった。

先日、正式に日本支社副支社長に着任してから、三城の多忙っぷりは以前の比ではなくなっている。

文字通り寝る間も無い生活が続き、休日など取っている暇もなかった。

そんな中ようやく得られた半休に、幸田はデートに誘われたのだ。

半日とはいえ、せっかくの休みをデートなどで潰して良いのかと思わなくもないが、それもこれも三城自身が決めたこと。

聡く健康管理にも抜かりのない彼からの誘いなのだから、決して無理には当たらないのだろう。

多少の心配を抱きながらも、幸田は三城の誘いを快くそして楽しみな気持ちを一杯に受けていた。

待ち合わせの後何処へ出かけるかはいつもの如く聞かされていない。

ただ、車で来るようにとだけは指示されていた。

幸田に愛車が出来たからといって、二人で出かける際に車を出すのは大抵三城だ。

だというのに普段車通勤の彼が今日に限りそうとはせず、幸田に車で来るようにと言ったのは、帰りの運転手を確保する為だと考えて間違いはなだろう。

帰りも幸田が運転をする利点。

それは、運転手ではない三城がアルコールを摂取出来るという事だ。

デートの際は様々な面で幸田を優先してくれる彼が己だけアルコールを飲みたいのだと、間接的ではあるがはっきりと意思表示するのは珍しい。

それだけ疲れ、そしてそれ以上にストレスも溜まっているという事か。

アルコールに拘りのない幸田は、少しでも三城が自分を頼ってくれる事が嬉しくて、一も二もなく車を出すと快諾していた。

「楽しみだな。春海さんの事だからとりあえずレストランだろうし、それからバーでも行くのかな」

三城が連れて行ってくれるのだから、どこであっても絶品な料理が並ぶに違いない。

緩んでいた頬を更に緩め、幸田はホテルの駐車場へ降りていった。

高級車ばかりが並ぶ駐車場というのは自宅マンションのそこで馴れている筈だというのに、所変われば緊張感も変わるものだ。

公道を走る以上に慎重になりながら空きスペースを探す。

広い駐車場はうっかりしていると駐車場所を忘れてしまいそうで、出来るだけわかり易い場所を選び駐車した。

とはいえ、車から降りて周囲を見渡すと、真っ赤な車というのはとても存在感を放っており、離れた場所からでも見つけられそうだ。

愛用の腕時計で時間を確認し、一階ロビーの中央に構える馴染みのラウンジに入りコーヒーだけを注文した。

いくら自宅に居ても暇だったからと言って、早く到着し過ぎたようだ。

アイスコーヒー片手にぼんやりと時間を潰しているが、愛しい人の待ち時間というのはとても長く感じる。

「・・・」

手持ち無沙汰で、見るともなく高い天井を眺めた。

ここ暫く忙しくしていたのは三城だけではない。

幸田にしても初めての「テスト週間」なるものに追われていた。

テスト対策の経験は何度となくあれど、テストその物を製作したのは初めてで、勤める由志高校のレベルにあった物を作るのはなかなかに困難だ。

何とか完成させたかと思うと息つく暇もなく回答済み答案の採点、生徒が優雅にテスト休みを満喫している間に次の授業の準備を、と大忙しであった。

ベテラン教師ならばこんな程度なんという事もないのだろうが、教師暦は5年弱あっても「高校教師」暦は2ヶ月弱の幸田には新境地だ。

だが憧れ続けたその職ならではの苦悶にも楽しさを見出しつつ乗り越える事が出来た。

明日からは学校が休みの間に組み立てたプランで授業だ。

上手く進められるか不安と心配が折り重なる。

物思いに耽っていると小さな物音を聞き、咄嗟に顔を上げた。

「あ、春海さん」

「すまない、待たせてしまった」

そこには、柔らかく微笑む三城が居た。

ふと何気なく腕時計が視界に入ったが、今は待ち合わせの約束よりも10分程過ぎているようである。

時間に正確な彼にしては珍しいがそれだけ忙しいという事だろう。

だというのに、スーツにしてもワイシャツにしても、どこにも皺の一つも作っていない辺りさすがだ。

「ううん。僕は平気」

「そうか」

今朝も顔を合わせていたのに。

たった数時間前に見ていた筈だというのに、そこに居る彼にドキッとしてしまったのは「デート」という名の持つ魔力か。

みっともない顔にならないよう頬を引き締め、密かに深呼吸をして立ち上がると、三城の手にはさり気なく伝票が握られていた。

「行くか」

「うん。どこに行くの?」

「そこまでは俺が運転する」

「・・・・・」

そんなのは答えじゃない。

毎度のため息を飲み込み、彼の後ろに続いた。

「じゃぁ、何料理?」

「創作イタリアン」

「へぇ。初めて行くお店?」

「俺は何度かな。きっと恭一も気に入る」

「へぇ、楽しみ」

料理が楽しみなのか、三城が気に入っている店というのが楽しみなのか。

男同士が歩くには少々近い距離を保ちながら、二人は貸切のエレベーターで駐車場へ向かったのだった。



 
*目次*