ストーカー編・4



コインパーキングで赤いボディーのプジョーを見かけた。

この車はどこでも見かけられるようなメジャーな車種ではない為、暗闇の中で見つけられたのは正にラッキーだ。

パーキング近くにある自販機の傍らで、宍戸大輔【ししど・だいすけ】はそのプジョーを眺めていた。

宍戸は由志高校の一年生である。

170cmあるか無いかの身長に中肉中背。

中学校三年の夏までは部活動で運動をしていが、受験勉強の為に引退してから半年、すっかり筋肉も失われてしまった。

顔の造りは平均的ながら、最近の若者の「平均値」が高いが故に宍戸も「ぶさいく」では決してない。

共学の高校に通っていたならば早速彼女の一人くらい出来たやもしれないが、悲しいかな由志高校は男子校だ。

「・・・・・」

買ったばかりの缶ジュースを煽り、宍戸は自販機の側面に背を預けた。

高校生にもなると家族よりも友達を優先したいもので、宍戸も普段ならば家族団らんは進んで不参加を表明している。

けれど、流石に今日ばかりはそうも言っていられなかった。

それというのも5つ年上の姉が結婚する事になり、その顔合わせとして両家の家族揃っての食事会に強制参加させられていたのである。

集まったのは婿とその両親、そして宍戸の両親と花嫁である姉、子供は宍戸本人だけだ。

つまらない。

かしこまった席の料理はあまり旨いとも思えず、ワイワイと賑やかに、互いを褒め合い続ける両親達をバカらしいと眺めていた宍戸はデザートも終わると手洗いを理由にその場を離れた。

そっとレストランを抜け出したは良いが、出て来た所でここが何処であるかも解らないし財布の中には小銭程度しか入っていない。

第一、食事会から勝手に帰ってしまうという反抗を見せる程の勇気も持ち合わせていない為、程なくしてあの場に戻らなくてはならなかった。

目的もなくブラリと歩いていると、有名飲料メーカーの自動販売機を見つけた。

そうだ、ジュースでも買って飲み終わったら戻ろう。

夜の暗さに抵抗して煌々と明かりが灯る自販機から気に入りの炭酸飲料を購入しプルタブを開けた。

息苦しいと、着慣れないスーツのネクタイを緩めながらふと近くにあったコインパーキングを見た時に、その車を見つけたのである。

真っ赤に存在を主張するプジョー。

外車など特別詳しい訳ではないので、型番なんて解らない。

ただボンネットで光るエンブレムとそして色から識別するなら、あの人と同じ車だった。

「・・・」

これには一体どんな人が乗っているのだろうか。

赤だけに、やはり女性の確立が高いだろうか。

例え女性であっても、きっとあの人の方が美人に決まってる。

この夜の闇よりも美しい漆黒の髪を持つ教師を思い浮かべると、宍戸の胸はドクンと鳴った。

彼に感じるこの想いはなんだというのか。

言葉に出来ない切なさと、そして幸福感。

少しでも彼を見ていたいし、出来るなら会話をしたい。

もしも彼が女性ならば、この感情は「恋」なのかもしれないが、自分は男で彼も男だ。

いくらそんじょそこらの女性よりも美人であるといっても男に恋はしないだろう、などと考えていると今まで無人だった道路の反対側に人影が二つ現れた。

街灯が灯っていても辺りは暗く人物の容姿ははっきりと解らない。

ただ背格好や身長から推測するに、男性に思える。

そんな有り触れた光景に宍戸の視線が奪われてしまったのは、その人影の一つがあのプジョーに向かったからだ。

「・・・」

プジョーの赤に男性が乗るのが流行っているのだろうか。

男が乗っているとなればその人物の顔が気にならなくもない。

けれど待って見れるかも解らないものを待つ気にもなれず、宍戸は飲み干したジュースの缶を自販機の隣に設置されていたゴミ箱に捨てると踵を返そうとした。

だがその時、紛れも無い───彼の声が聞こえて来たのである。

「春海さーん。車の鍵って、春海さんが持ってるー?」

「っ・・・」

まさか。

こんな偶然があるだろうか。

にわかに信じられなかったが、だが何度も脳内で反芻したあの美声を間違えるはずなどありえない。

期待から鼓動を高鳴らせ、宍戸はパーキングへ一歩踏み出した。

暗闇の中、街灯を頼りに浮かび上がる人物。

休日の夜だというのに宍戸の目に見慣れたスーツ姿の彼は、由志高校の数学教師・幸田恭一で間違いはなかった。

「・・・・」

喜びと戸惑いが入り混じる。

学校の外で彼に会えるなど考えた事もなかった。

今彼が誰と何をしているのか知れないが、相手も男性のようなので友人だろう。

ならば少しくらい声をかけても良いかもしれない。

緩められていたネクタイを慌てて締めなおしたが、幸田へと向けられた足は踏み出す前に止められた。

幸田の連れの男が、彼の元へ走り寄って来る。

数事の会話を交わしていた彼らは、きっと夜の闇と影に隠れ見えなかったのだろう宍戸の目の前で───抱擁を交わした。

「そりゃな。旨いワインと極上の美人を前にしたら酔いも回るさ」

「ぁ・・・」

「・・・・・・・・」

何が起こったのか、理解が追いつかない。

幸田が、男に抱きしめられている。

それはどんな観方をしても、歓喜や悲嘆の為になど思えない。

二人から感じられるのは、まるで恋人同士のような甘い雰囲気のみである。

そういえば、つい先日学校の廊下で原田先生と塚本先生の会話を耳にした時の事を思い出した。

どこか興奮した様子の彼女らは、確かに言っていたのだ。

『幸田先生の彼女のハルミちゃん』

ついさっき、幸田が叫んでいた名も、「はるみ」ではなかっただろうか。

二人を眺める宍戸の目の前が真っ暗になってゆく。

男同士で抱きあう彼らを気持ち悪いとは微塵も思わない。

けれどただただショックで、頭がガンガン鳴っている錯覚に陥る。

気が付くと、宍戸は携帯電話のカメラレンズを二人に向けていたのであった。


 
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