ストーカー編・5



腰が重い。

その原因は考えるまでもなく、昨晩久しぶりに三城と激しい夜を過ごした故だ。

三城にアルコールが入り、そして幸田が素面であるというのも行為を長引かせる要因となったのだろう。

気が付けば射精するのも辛いまでに精を搾り取られていた。

気を失ったのか眠りに落ちてしまったのかも定かでないままに、目覚めれば朝を迎えていたのである。

アラームに気が付かない程熟睡してしており、珍しく寝坊をした。

出勤するには十分な時間ではあったが、弁当を作れなかったのだ。

三城はそれを見越して幸田をギリギリまで起こさなかったのだろう。

いつも三城の弁当も自分の分と一緒に作っている為、それを要らないと言うようなこの行為は彼なりの罪滅ぼしなのかも知れない。

などと、聡明な彼の顔を見れば合っているのかいないのか深読みをしてしまう。

そんなこんなで幸田の今日の昼食は購買で購入する予定だった。

けれど昼休みに購買部に向かいはしたが食べ盛りの男子高生の群れの中に飛び込む勇気もなく、少し離れた場所で戦場と化したそこを眺めていた。

すると、早々に戦利品をゲットした生徒達が廊下に立ち尽くす幸田へ、パンやおにぎりをお裾分けしてくれたのである。

中には受け持ちでない為に名前も知らない生徒も居たし、そもそも生徒から施しを受けるのもどうかと思ったが、幸田が何を言うよりも早く彼らはその場を立ち去るので、ありがたくそれを受け取った。

沢山買ってしまったからか、それとも物欲しそうな顔をしてしまっていたのか、どちらにしても由志高校の生徒は優しいな、と幸田の頬は緩む。

とはいえ、数名の生徒から貰ったこれらは幸田一人分には多いくらいで、腕に抱えて職員室に戻ると大石や上田といった同僚教師達が驚いた顔をした。

苦笑混じりの幸田が理由を話せば、大石は納得し上田は声を上げて笑ったが、二人の反応の理由が幸田にはあまりよく解らない。

かくして無事昼食にもありつけた幸田は午後の授業もこなし、ようやく放課後を迎えていた。

まだ全身、特に足と腰がだるい。

常より持久力を見せ付ける三城ではあるが、昨日は特に激しい───無茶とも思える体技を繰り返されたのである。

そして恥ずかしくも幸田は、ここが高級マンションで良かった、と改めて感じる程に声を上げまくってしまった。

もしも以前住んでいたようなマンションという名のアパートならば、壁の薄さからあられもない喘ぎ声の数々は近隣に筒抜けだっただろう。

そのせいで、今日一日喉も痛かった。

自業自得な上に情けなくあるが、ため息以外唇から漏れては来ない。

今日も今日とてエリート然とし隙の一つもない装いに身を包み、軽やかな足取りで幸田よりも一足先に家を出た三城を思い出すと、この違いは何処にあるのか疑問に思う。

体力の違いか、立ち位置の違いか。

どちらにしても羨ましい限りだ。

そんな三城は連日仕事が忙しそうで、今日にしても帰宅が遅くなる為夕食は要らないと早い時間から連絡が入っている。

それでよく身体が持つものだ、と心配になるが、三城の事だ体調管理にも抜かりがないのだろうと己に言い聞かせた。

彼が居なければ今晩の夕食は自分一人きりという事だ。

一人きりの夕食なんてものには馴れきっている。

そこに寂しさを感じながらも仕方がないと割り切っているが、体感的な感情として一人分の夕食を作るというのはなんとも面倒だ。

その為、一人暮らしをしていた時もインスタントやレトルトで済ませる事が多かった。

二人分の食事を作るのが日常と化した今となっては、その当時以上に面倒だという気持ちが高まってしまう。

今日は簡単に出来合いで良いか。

それよりも、明日はきちんと弁当を作りたい。

こんな生活を続けていれば、三城の事だ、真っ当な食事を口にしているかも疑わしい。

デートの際はいつも洒落たレストランへ連れて行ってくれる彼だが、仕事の合間にとる食事にはとても関心が薄く、内容よりも手早く食べられる物を好むのだと以前北原に聞いた。

コンビニの弁当が悪いという訳ではないが、ろくに休憩も取らないのであれば、昼食くらいちゃんとした物を───自分の作った物を食べて欲しいと思う。

そんな思惟が立派に「嫁」であるなど、幸田は考えもしていないのだろうけれど。

とりあえずスーパーだ。

今はまだ早い時間なのでどこでも好きな場所へ迎える。

そういった面でもやはり車は便利だ、と幸田は職員専用の駐車場に停めていた愛車の元へと歩いて行った。

「・・・・ぁ」

まさかそこに、校舎から見えない車の陰に人が待っているなど想定していない。

幸田は、愛車の後ろから現れた一人の生徒を目にすると、あからさまに驚いて見せた。

「・・・宍戸。どうしたんだ、そんなところで」

「いや・・・えっと・・・」

そこに居たのは受け持ちの一学年の生徒、宍戸大輔だ。

良くも悪くも特別目立つ生徒ではなかったが、先の中間テストの数学において良い点数を出していたと覚えている。

数学は好きなのだろうか。

ならば嬉しい。

柔らかく微笑む幸田に、宍戸は距離を詰めた。

「先生に、聞きたい事があってさ」

「聞きたい事?授業の事か?」

宍戸はどこか緊張している風にも見える。

教室の外で教師へ質問をぶつけるのに慣れていないのかもしれない。

加えて、帰りがけを待ち伏せていたと叱られると思っている可能性もある。

けれど幸田としては、授業や数学に関する質問ならば何処であれ出来る限り丁寧に教えたいと考えていた。

だというのに。

ぎこちなく笑みに歪めた口元が初々しく映って良いな、などと思っていた幸田は、更に奇妙に唇を上げてみせた宍戸が放った言葉に呆然としてしまった。

「先生さ、男と付き合ってるんだろ?」

「・・・・・っ」

頭が、真っ白になる。

何処から知れた、何故ばれた、という想いが走馬灯となり脳裏を駆け巡った。

思えば最近、由志高校に勤めるようになってからというもの、昔のように自分を隠していなかった自覚はある。

薬指に指輪を嵌め、恋人の話題を職場で話す。

だから、いつかこんな日がやって来るだろうとは想像していたけれど、それは漠然ともっと遠い日であるとばかり考えていたのに。

唇を結んだまま動けずにいると、宍戸は更に続けた。

「ばらされたくなかったらさ。───やらせてよ」

「・・・・・・・へ?」

「セックス、させてって言ってるんだけど?」

何を言っているんだ。

繰り返し告げられる、親切に説明をする宍戸の声が遠い。

何故自分をゲイだと思ったのかは知れないが、だからと言って馬鹿らしい、教師をからかうにしても悪ふざけ過ぎる。

だが、そうと幸田の唇から発せられる事はなかった。

「・・・」

宍戸がポケットから取り出し掲げて見せた携帯電話。

その液晶画面に、───三城と抱き合う己の姿がはっきりと映されていたのである。



 
*目次*