ストーカー編・6



その写真が撮影されたのが何時・何処であるかは直ぐに解った。

夜間撮影の明度をめい一杯上げたとばかりの画像の隅に、今目の前にあるのと同じ愛車が映っている。

三城が居て、車があり、そして屋外で抱きしめられたとあればそれはつい昨日の夜の出来事だ。

「・・・・・」

誰に見られていてもおかしくない場所だという自覚はあった。

けれど、あの場には誰も居ないものだと思い込んでいたというのに、見られたのがよりにもよって受け持ちの生徒など、なんたる偶然だ。

幸いというべきか、画像に幸田の顔はバッチリと映っていながら三城は頭しか見えてはいない。

その事に胸を撫で下ろしつつ、幸田はとんでもない要求を述べた宍戸を真っ直ぐに見つめ顎を引いた。

「これは立派な恐喝だ。やめなさい」

「っ・・・そ、そんな、説教してる場合じゃないんじゃない?俺、うっかり学校のアドレスにメールしちゃうかもよ?」

「・・・・・・。送りたければ、送ればいい。それで宍戸の気が済むなら、そうしなさい」

「いいのかよ!?こんなのバレたら、先生学校に居られなくなるかも知れないじゃん」

「そうだね。そうかもしれない」

社会人となってから、隠された性癖が周囲にばれてしまった時に受けるだろう迫害を想像しては、見えないそれに怯えながら暮らしていた。

だから、「同類」以外にゲイである真実を話した事等一度も無かった。

けれど三城と付き合うようになって、彼があまりに堂々と振舞うものだから。

両親や兄弟、友人や上司に部下にまで、三城は恥の一つも見せず自分を紹介したのだ。

そして、三城から紹介の受けた彼らは皆一様に幸田を受け入れてくれたのである。

それが世間全ての反応であるとまで考える程幸田は甘くはない。

三城の周囲がそうだと言ったところで、幸田の周囲も学校サイドもそうであるかは不明だ。

長年怯えていた通りに罵られ職を失う可能性も大いにある。

だが、今の幸田にとって、そんな事は恐れるに値するものではなかった。

もしも、多くの人が自分の敵に回ったとしても、三城がついていてくれる。

せっかくたどり着いた憧れの職業を辞めざるを得なくなればとても寂しいけれど、自分一人くらい三城は何の苦なく養ってくれるだろうから、ゆっくりと次の仕事を探せば良いだけだ。

たった、それだけである。

たったそれだけの事で悩むよりも、最愛の三城を裏切る行為の方が考えられない程辛い。

「それでも、僕は宍戸の要求を呑む事はしないよ」

「なんで?そんなに生徒に手、出すのが怖い?それはそれで脅されるって心配してる?それなら・・・」

「そんな事じゃない。僕はその写真に写ってる人を愛してるから。彼を裏切りたくないだけだ」

「『愛してる』って?ばっかじゃねぇの?ホモだって認めんのかよ!?」

「そうだね。そんな写真を突きつけられてまで嘘を吐こうとは思わないよ」

二人ががっちりと抱き合っている写真を見せられ、他に何と言えば良かったのだろうか。

昔の幸田なら、友人が酔って寄りかかって来た、くらいは言ったかもしれない。

けれど、左手に光る指輪を贈ってくれた彼を、もはや『友人』などと例え言い逃れの戯言であったとしても口にしたくはなかった。

「・・・」

高校生の分際で強請りなど行っている宍戸を叱り付けたいと思っているというのに、幸田はつい頬が緩み苦笑が浮かんでしまう。

先ほどから考えるのは三城の事ばかりだ。

己の人生の窮地と呼んで良いだろう場面だというのに、不思議と未来に対する恐怖は沸き起こってはこない。

宍戸を想っての苦笑ではなかったが、幸田の内心など知らぬが故に馬鹿にされたとでも感じたのだろう、彼は更に声を荒げた。

「絶対、絶対後悔するって。仕事無くなるかも知れないだぞ?先生、ずっと高校の教師になりたかったって、ようやく夢が叶ったって言ってたじゃん」

「・・・」

いつか、たぶん授業の終わりに時間が余ってしまったから口にした昔話。

宍戸はそんな些細な事を覚えていたのか。

意外さに目を見張ってしまうと、幸田の隙を突くのなど容易であったのか、宍戸はすかさず何も手にしていない方の幸田の手首を掴んだ。

もう片方にはビジネスバッグ。

強く握られた腕がびくともしなければ、咄嗟に動く事は出来なかった。

「そんなにその男を信用してんの?そいつだって、先生捨てるかもしれないじゃん。仕事も無くなってさ、男も居なくなってさ。そうなったらバカみたいじゃない?」

腕を掴んだまま、宍戸は距離を詰める。

幸田が後退ると彼はその分間合いを縮めた。

「教師をからかうのもいい加減にしなさい」

「別にからかってる訳じゃないって。本気だって言ったら、先生どうする?」

どうもしない。

それが全てであり本心だ。

三城が幸田を捨てるなど考えられない。

だから、幸田が宍戸を受け入れるなど万に一つの可能性も有りもしないのだと、声高に言える。

けれどそれを伝えるよりも早く、宍戸の空いている手が幸田の腰に伸ばされようとした。

「いい加減にっ・・・・」

だめだ、抱きしめられたら逃げられない。

腰に向けられた宍戸の腕を咄嗟に見やったその時、背後から大石の怒鳴り声が聞こえて来たかと思うと、それに見合う足音が耳に届いた。

「何をやってる!幸田先生から離れなさい!」

「・・・・っ」

声から想像するにきっと厳しい表情を浮かべているのだろう。

すぐさま幸田から手を離した宍戸は、大石が到着する前に踵を返してしまった。

「待ちなさい!こら!」

「・・・ありがとうございます。大石先生」

「何があった?幸田、大丈夫だったか?他に何かされなかったか?」

「・・・・何も、されてませんよ。少し口論になっただけで、明日になったら普通に話せる程度だと思いますから」

「そうか、なら構わないんだが。今は高校生と言えど物騒だからな」

幸田の肩を抱き、大石はいかにも心配げに顔を覗き込んだ。

何もされなかったと言えば嘘になる。

実害はまだ無いが、あれ恐喝としか言えない行為だ。

それも金品や成績ではなく、身体を寄越せなど、高校生が10歳も年上の教師に言う事ではないだろう。

けれどそんな事を何も───幸田の性癖を知らない大石に相談する訳にもいかない。

学校をクビになる覚悟は出来ているとはいえ、それとこれとは別問題である。

張りつかせた笑顔を浮かべながら、幸田は「なんでもないです」と繰り返すしかなかったのだった。



 
*目次*