ストーカー編・7



結局いつものスーパーで買い物を済ませ帰宅した幸田は、見慣れた筈の自宅リビングをとても広く感じていた。

実質的に元々広さはあるが、この感覚はただの空虚さだろうか。

あの後、尚も心配する大石を納得させ学校を後にしたが、一人になると急激に気分が落ち込んでしまった。

宍戸にあぁ言いはしたものの、出来るならばバラされたくはないし退職もしたくはない。

明日になれば学校は騒ぎになっているだろうか、それとも宍戸は思い止まってくれるだろうか。

いくら考えても答えなど見つかる筈もなく、当ても無いループに陥ってしまう。

こんな時は誰かに───三城に話せればそれだけですっきりするかもしれない、と思ったがその思惟はすぐに己で否定した。

三城は今特に大変な時期なのだ。

仕事量も周囲から寄せられる期待も、実際に見た訳ではないがきっと並々ならぬものなのだろうと予想出来る。

そんな彼に騒ぎになるかならないかも解らない出来事を知らせるのは如何なものか。

無駄な心配を与えたくない。

少しでも三城の仕事の邪魔になりたくなどなかった。

「・・・・なんとか、なる、よな」

宍戸がバラしてしまうか、バラさないままでも三城に時間的な余裕が生まれたようならその時伝えよう。

「よーし、明日は早起きして弁当作り頑張るぞー」

誰に聞かれる筈もない独り言をわざとらしく大声で言ったけれど、余計に寂しくなってしまった。

幸田は気を紛らわす為風呂に入ると、早目の夕食を一人黙々と食し、明日の為にさっさと二人用のベッドへ潜り込んだのだった。


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予定通り早起きをして作った弁当は、自分から見ても豪華過ぎたのではないかと思ってしまう出来となっていた。

案の定、それを見られた原田先生からは「ハルミちゃんすごーい。愛情ばっちりですね」とからかわれる始末で、時期が時期だけに内心ビクビクものだ。

幸田自身の手作り弁当をハルミちゃんなる彼女の愛妻弁当だと勘違いされていると気が付いたのはいつの頃か。

今更「自分で作っています」とも言えず、冷やかされるのを苦笑で流した。

では、実際に「愛妻弁当」を会社に持参している三城はこれをどう感じてくれただろうか。

恩を着せたいとは微塵も考えてはいないが、少しだけ、自分の頑張りやそこに込めた想いが伝わってくれたら嬉しい。

などと考えられる程度の余裕が生まれていたのは、今が日常と変わりが無いからである。

今朝、恐々としながら登校したものの、教師にも生徒達にも別段変化は見られたなかったのだ。

ストレートな言及はもちろん陰口や嫌がらせの類も皆無で、安堵と拍子抜けが一挙に訪れた。

宍戸は誰にもバラさなかったようだ。

そんな事をしても誰も喜ばないと解ってくれたのか、それともまだ幸田とのSEXを諦めていないのか。

その判断は出来かねるが、ひとまず人心地が吐いたというものだ。

何度行為を求めてきても幸田がそれを承諾する事は万に一つもない。

けれど、もしも仮想として行うなら───どちらがタチなのだろう、と考えてしまったのは内緒だ。

幸田は生まれてこの方ネコの経験しかなかったが、宍戸は随分と年下の為幸田をタチにと思っているかもしれない、と脳裏を過ぎってしまった罪は三城にも話せない。

そんなこんなで一日の授業も雑務も終え、幸田は帰宅の路についていた。

今日一日宍戸と接触する事は無かった。

授業の為クラスに行けば宍戸は何食わぬ顔で席に着いていた為出席は確認している。

けれど、授業が終われば幸田が教材を片付けている間に宍戸は居なくなっているし、他のクラスの講義の為1年の廊下に何度行っても彼の姿は見つけられなかった。

作為的に幸田を避けている、そんな印象だ。

もしや昨日と同じように帰り掛けの幸田を駐車場で待ち伏せているか、とも考えたが、宍戸は居なかった。

それは喜ばしいような、残念なような不思議な感覚である。

今晩も海外との電話会議の為帰宅は深夜になると三城から連絡があったので、一人分の出来合いと明日の弁当用の食材をスーパーで購入した。

明日はどんな弁当にしようか。

三城が喜んでくれたのなら、また豪華弁当にチャレンジしても構わないのだが、そこまでしなくて良いと感じたなら控えるべきだ。

とはいえ、今晩も三城と会えるかは微妙な線なので感想を聞けるのは早くて明日の朝。

それからでは少なくとも明日の弁当作りには遅い。

どうしたものか、とこんなつまらない事に悩めるのは本当に幸せだ。

三城の事を考えてはつい頬を緩めてしまう幸田は、スーパーの袋を片手にマンションの駐車場からエレベーターを上がった。

一旦一階で降りると、エントランスにある郵便受けに寄る。

夕刊や配達物を取って上がるのは帰宅が早い方の仕事となっていた。

幸田がまだ電車通勤だった頃は彼の帰宅の見極めが困難な場合もあったが、今は車の有無で判断が出来るので便利だ。

いつものように片手で配達物を取り出すと、いつになくずっしりとした重みを感じた。

情報誌かカタログの類でも届いているのだろうか。

以前住んでいた安マンションならともかく、ここに移ってからは請求もしていないそれらなど届かなかったというのに。

不思議に思った幸田は、エレベーターホールでエレベーターを待っている間に配達物を確認する事にした。

高層マンションの一番の不便はエレベーターが遅い事かもしれない。

数台が設置されていても、運が悪ければなかなかやって来ず、今が正にそうだ。

足元に鞄や袋を置いた幸田は手にした配達物を捲ってゆく。

新聞や請求書にDA、見慣れたそれらに混じって茶封筒があった。

それ自体は極有り触れた封筒であるのだが、ただ手紙や書類が入っているだけには思えない厚みである。

重さの原因はこれのようだ。

「なんだろ・・・あれ、宛名僕だ」

表にも裏にも差出人は書かれてはおらず、宛名は幸田となっている。

覚えの無いに引き寄せられるように、自宅まで我慢の出来なかった幸田は他の配達物を脇に抱え封を切った。

「・・・・・、っ」

一枚目のそれを見た途端、幸田は思わず封筒の内容物をバサリと大きな音を立て床にばら撒いてしまった。

嫌悪感と恐怖が、一気に身を震わせる。

「何・・・これ」

幸い誰も居なかったマンションのエレベーターホール。

幸田の足元に散らばっているその紙切れは、見た限り全てに幸田が写されている写真であった。




 
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