三城×幸田・正月帰省・編・8



今の時代では珍しいのだろうが、この家では父親とは絶対的な存在のようだ。

かくいう幸田も、生前の両親とは「友達親子」とまではいかないが、それなりの親しみと反発も持って接していた為、この雰囲気は別世界のようだった。

幸田をじっと見つめていた父の視線が隣に座る三城へと移る。

「どう言う事だ」

威圧感たっぷりの一言だった。

「この人が、俺の選んだ、人生のパートナーです。」

幸田なら緊張から言葉を発せれないような父の声にも三城は臆する事はなく、ゆっくりとした口調ではっきりと、一言一言を丁寧に伝えた。

盗み見るように見たその瞳は酷く真剣で、幸田が口を挟む事など到底出来そうに無い。

黙って三城を見つめる父の瞳もまた真剣そのもので、事態を吟味しているかのようだ。

「、、、そうか。」

暫くして父は頷くと、前に置かれた湯のみ茶碗を手にした。

「それだけなんですか!?お父さん!」

父が湯飲みをテーブルに戻すと同時に声を荒げて立ち上がったのは、幸田の隣に座る長男と思われた男性だった。

先ほどは一瞬見ただけだったが、しっかりとその面持ちを見ると、ずいぶんと三城より年上に感じる。

40代に手が届きそうな雰囲気で、貫禄も備わりつつあった。

ジロリと三城を睨みつけ、厳しい口調で言う。

「春海、何を考えている」

「何、とは?」

「そんなふざけた事をして、反抗か何かのつもりか!?」

頭ごなしの口調は、あたかも我侭を言っている子供を叱りつけるかのようだ。

「別に俺はふざけてなどいませんよ。」

「だったら、、、」

どこまでも冷静な三城に、兄の口調も荒くなる。

三城に掴みかからんばかりの長兄を宥めたのは、今まで口を閉ざしていた沙耶子だった。

「やめなさい、冬樹【ふゆき】。貴方はいつまで経っても春海を子ども扱いするんだから。」

「ですが、間違った事をしていたらそれを改めさすのは年長者の役目です。」

二人の関係は間違っている、とハッキリと告げた口調には微塵も迷いは無く、ゲイの偏見に慣れているつもりの幸田の胸にも苦い物が流れ込んだ。

「春海は何も間違った事をしていないでしょ?」

だが、続く沙耶子の言葉は幸田にとって予想外の物だった。

先ほど味わった「苦い物」が清らかな水で流されるような気がし、ハッと顔を上げる。

「男同士付き合う事の何が間違っていないと言うんです!?」

「確かに、男同士の結婚は認められていないわ。でも、それだけじゃないかしら。認められていないけれど、ダメだという法律はないのよ?」

「法律の問題ではなく、倫理観の問題です。何も自分から不幸な道に進む事はないと言っているんです!」

「あら?春海は、、、えっと、恭一さん?彼と一緒になる事が幸せなんでしょう。苦労をする事と不幸になる事は違うのよ?」

自分と居る事が三城の幸せだと言われ、幸田の涙腺が緩んだ。

今まで「同類」意外に自分の性癖を明かした事のない幸田は、恋人との関係を応援される事も殆どなかった。

それがこんなにも嬉しい事だと初めて知り、恥ずかしいとは感じながらも、潤む瞳を収める術が思いつかない。

「それは、、、、」

沙耶子はああ見えて、さすが元弁護士だ。

現役時代はさぞやり手だったのだろう。

穏やかな口調で宥めてはいたが、沙耶子と冬樹、どちらに分があるのかは明らかで、言い負かされた形になった冬樹は苦虫をかみ締めた顔になり席に戻った。

それと入れ替わるかのように、静かな口調の父が再び口を開く。

「春海が恋人を連れてきたのは初めてだろう?」

「ええ、そうね。今までは写真くらいしか見せてくれなかったもの。」

「今回はよほど真剣だという事だろう。だから今回は認めよう。だが、法の保護が無いからといって簡単に考えるようなら話しは別だ。」

父はジロリと三城を睨むかのように見つめた。

「はい、もちろんです。ありがとうございます。」

落ち着いてはいたが心なしか声を弾ませた三城は、座ったまま深く頭を下げた。

遠まわしな言い方ではあったが、認めたという事なのだろう。

幸田は何処か他人事のように考えていた。

潤んでいた瞳は僅かに収まり、「両親に紹介した恋人は始めてなのだ」という事にだけ意識が向いていたのは自分でも情けないと後から思う。

厳しい口調で繰り広げられていた家族会議から逃避したかったのだろうか。

そんな幸田の心理を知るはずもない父は、話しは終わったとばかりに立ち上がり、幸田を見るとやや柔らかい口調で片手を差し出した。

「はじめまして、春海の父で、三城大治【みき・だいじ】です。ふつつかな息子ですが、よろしくお願いします。」

一歩外の世界にいるような感覚に居た幸田は、まさかの挨拶に慌てて立ち上がり、差し出されたその手を握り返した。

「あっ、はじめまして、幸田恭一と申します。いえ、こちらこそ、よろしくお願いします。」

上手い事の一つでも言いたかったのだが、何も言葉が出てこず上擦った声で名乗るのが精一杯だった。

ぎこちない笑みを浮かべる幸田を、握手を交わしたままの大治がじっと見詰めた。

値踏みでもされているのだろうか。

居心地は悪かったが、視線を反らす事も出来ない。

手を離した大治は後ろに座る沙耶子を振り返り、今までの厳しい[いかめしい]雰囲気をがらりと変えてニヤリと笑って見せた。

「母さんが若い時よりも美人だな」

「あら失礼しちゃうわ。ふふ、でも本当、そうよね。」

楽しげに笑いあう夫婦の会話を聞き、呆然と立ちつくした幸田は三城と二人を代わる代わる見つめた。



 
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