取り調べは心を拓いて   試し読み [本文より抜粋]



思えば、帰宅する人を待つというのは何年も――十五年かそれ以上振りだ。

子供の頃から女手一つで懸命に働いていた母親は、夜の仕事の為夕方に家を出て深夜まで帰らない。社会人になってからは彼女の勧めもあり一人で暮らしたが、そうするとより一層、当然のように誰も帰っては来ない。

それが当たり前であり、何の不満もないと感じていた。その気持ちに偽りはなく、こうして人を待つ生活になってみても、幸福ばかりがあるわけではない。

「今日は、何時に戻るのだろうか。……戻るの、だろうか」

定時があってないような待ち人は、宵の口に帰宅する事もあれば深夜深くになっても帰らない事もある。それについて連絡がある時もあればない時もあり、毎日決まっていない彼の行動に、どう対処してよいのか掴めないのが現状だ。

一人きりは良い。自分だけが行動の全てを決められる。毎日同じ時間に同じ行為を繰り返す日々は楽だ。

この家自体にはもう慣れた。以前も半同棲生活で、ここで寝起きをしていた。だがその頃は決まって、彼と行きつけの店で落ち合えた日だけ、彼と共に此処に戻って来ていた。

だが今は違う。彼の在宅の有無に関わらず、自分で鍵を開け家に入らなければならない。

「何を、していれば良いのだろう。テレビは、見て良いと言っていただろうか。……言っていた、気がする」

とはいえ、苦痛や不幸だと感じているわけでも一切ない。言うなれば、困惑だ。

慣れない物が有りすぎて、選べない物が多すぎる。一人きりの時間は落ち着かず、呼吸も楽に出来ない。だからこそ、呼吸が楽になる存在、彼の帰宅をより望んでしまうのだろう。

今が困惑。ならば彼の帰宅後のこの家は、幸福であるとだけは言い切れる。その、幸福に変わるだろう場所で待機をすると考えるならば、今と言う時間も決して無駄ではないが、それがいつ終わるか知れないとなると、やはり話は別だ。

見慣れた家具が並ぶ、見慣れた部屋。1LDKのリビングスペースに増えた、自分専用の真新しいカラーボックス。

その中に並ぶ堅苦しい医療関係の本は、この部屋のどの部分にも釣り合っていない。それがどうにも、今の自分と重なった。

「……まだ、帰らないのか」

本当に此処に居て良いのか。この場に不釣り合いではないか。

誰も答えなど用意をしてくれない自問を繰り返す。けれど自答も出る気はせず、小さく一度頭を振った。

 ここ数日、ある意味同じ事の繰り返しだ。ため息一つ呑み込んだ富永環[とみなが・めぐる]は、座卓の上からそっとテレビリモコンを持ち上げた。