取り調べは夕暮れに   ちょい読み [本文より抜粋]


一日の利用者数日本一を誇る駅の周辺はなんとも雑多としている。

若者が集う繁華街があるかと思えばオフィス街もあり、広大なネオン街もあれば最新式の洒落た住居も軒を連ねた。

眩しいまでの光が何処かしこから溢れる街。

だがそれだけに、強すぎる光はその内側を多い隠すものだ。

賑わいだ大通りからたった二筋路地を入った一帯。

そこは正に光が作り出す影、闇だ。

「よぉ、景気よくやってるかぁ?」

薄汚れた外壁の低層ビルが立ち並び、見上げれば青空よりも幾重にも重なる電線ばかりが印象的な細い道路で、倉田は片手をポケットに突っ込んだまま唇だけをつり上げた。

昼間だというのに鬱蒼とした雰囲気ばかりが漂う此処には、都会の中心特有の活気は感じられない。

それどころか、そういった陽の要素をショットアウトしている気すらする。

それは街そのものだけではなく、此処に集まる人間も同じくだ。

ダークグレーのスーツにシャツを開襟で着こなす倉田に、声を掛けられた男はすれ違う前に足を止めると苦笑を浮かべてみせた。

「倉田さん、おつかれさまっす。倉田さんのせいで景気なんて一向に良くなりませんよ」

「どうだかな。近々デカイ取引するって話しじゃなかったか?」

その男は倉田よりも一回り縦に短く、横に広い。

一応スーツを着てはいるもののだらしなくよれていて、赤紫色のシャツがやけに昼間の太陽の光すら薄暗く感じさせるこの路地に見合っていた。

立ち止まったついでだと倉田は懐から煙草を取り出すとそれを咥える。

頭髪ジェルで整えられている伸びた髪は僅かに崩れ、ボタンの留められていないジャケットには浅い皺がある。

いくら身なりに気を向けようとしていても、多忙に歩き回る職務故に思うようにいかない。

それでも尚隙の無さを感じさせるのは、百八十センチを越える長身と日々鍛え上げている肉体がスーツの上からでも伺えるからだろうか。

がっしりとした顎や輪郭も、元の面立ちというよりも長年培って来たものからくる鋭く吊り上る眼差しも、倉谷十分な威圧感を与えていた。

見るからにデスクワークが得意そうではなく、それはあながち間違ってはいない。

煙草を吹かしながらも視線を外さない倉田に、男は人相の悪い面持を歪め苦笑で片手を降った。

「その手には乗りませんよ。俺みたいな下っ端、からかわないでください」

だらしのないスーツも趣味の悪いシャツも、無精ひげの生えた顔も、どこをとっても真っ当な勤め人には思い難い。

けれどその男がヘコヘコと腰を折ってみせる辺り、どちらがより強者であるか知らせるには十分だ。

「からかってなんてねぇよ。ただ、あそこの路地・・・いや、その手前の白線一本で面倒も変わってくるもんだとな」

「動物は縄張り争いをしながらしか生きて行けねぇもんなんですよ。これは頭の言葉ですけどね」

「縄張り争いねぇ。ま、俺らも似たようなもんだな。誰だっててめぇのテリトリーは守りてぇもんだ」

「ハッ、倉田さんがンな事言って良いんですか?───市民全員の味方のお上が」

「馬鹿かてめぇ。サツはなぁ、『てめぇの勤める所轄の管轄内の市民』の味方だって警察手帳にも書いてある」

「そんな事言ってると、また始末書ですよ」

「お前は相内[あいうち]みてぇな事言うんだな、ヤクザのくせによ」

ニッと唇の端を殊更つり上げると、倉田は下から睨みつけるように男を見やった。

此処は、関東一円に勢力を広げる広域指定暴力団宮川組傘下団体・霧島組のシマで、この男は構成員の一人だ。

そして倉田は、新宿署〜「どこの何かかって」の刑事?やくしょく]であった。

刑事部第四課、俗称は「マル暴」。

この課に配属されて8年、倉田は倉田なりに職務をこなした結果が今である。

倉田が挨拶を交わす暴力団組員はこの男だけではない。

他の組織の下っ端から幹部まで。

互いの腹を探りながらもある意味良い関係を築いていた。

先ほど示していた白線の向こうは、霧島組どころか宮川組の関連ですらない暴力団体のシマだ。

昔からヤクザは己の商売をする為のシマの取り合いで切った張ったをしてきた。

その為に命を掛けるなど、今でこそ少なくなれど一昔前は頻繁にあった事だ。

そんな事をするなど馬鹿げている。

シマだなんだと言った所でそれもまた不法に言い募っているだけでしかなく、どこであっても本来の地主がいるものだ。

だが、心の片隅では羨ましく思いもするのも事実。

倉田の立場は、警察は、己の身体を張って陣地の取り合いすら出来ない。

どこの誰かも分からない人間が決めた範囲でしか仕事が出来ず、それこそ捜査中に線一本はみ出ただけで怒号を交し合うのはヤクザと同等だ。

馬鹿げている。

命がけで陣取り合戦をするヤクザ以上に馬鹿げている。

だが何より馬鹿げているのは、それを口にしてしまう事だろう。

「そういや相内さんは一緒じゃないんすね」

「あぁ、ちょっとな。なに、代弁みてぇなもんだ」

「やっぱり始末書もんじゃないですか」

「ま、せいぜい俺の仕事増やさんように、俺が昼飯食い終わるくらいまでは大人しくしといてくれよ」

「それが刑事の言葉とは思えませんね」

「なんの事だかな」

吸っていた煙草をアスファルトの上に落とす。

それを靴底でもみ消せば、倉田はスーツの襟を正した。

何と言い、何と言われたところで倉田は所詮警察官。

新宿所轄?内の市民の安全と暴力団排除に尽力を注ぐ、警察組織の駒の一つである。