別れ道・2



真田はやって来た男──澤野克己【さわの・かつみ】と共に店を出た。

待ち合わせ場所がいつも同じなら、その先に向かう場所も大抵一緒だった。

それまでに他の店に寄る時もあれば、直行する時もある。

だが最後に決まって訪れるのは、とあるうらぶれたビジネスホテルだ。

今時インターネットで宿泊予約も出来ず、管理体制も悪そうで、果たしてパスポートを持っているのかも怪しい外国人も出入りしているそのホテルに二人は通っていた。

内装も古臭くあまり綺麗ではないのだが、あえてそこを選ぶ理由は、低価格な宿泊料金に加え男同士で泊まってもへたな詮索をされないからだ。

高級ビジネスホテルだろうがラブホテルだろうが客の詮索などしないのだろうが、前者は一目が多いから、後者はあからさまに「何」をすると思われる恥ずかしさもあって真田が嫌がった。

それならば汚い方がマシだ。

自分の商売柄、ホテルという物自体に期待をしていない、というのもある。

何処の業界でもそうだろうが、裏側とは必ずしも綺麗なばかりではない。

どんなに「高級」を謳っていても、そのホテルや旅館がそれに見合ったスタッフを揃えサービスをしているとは限らないのだ。


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真田は婿養子に入った家の旅館を継ぎ、支配人をしている。

年は36歳。

姉さん女房の妻が女将をし、不況の最中高額な宿泊料金にも関わらず旅館はそれなりに繁盛していた。

そんな中、偶然宿泊した大物国会議員・高大幸雄【こうだい・さちお】に誘われるがまま関係を持ったのは一年ほど前の事だ。

それまで男と寝た事などなかった真田が、何故高大の誘いに乗ったのかはよく覚えていないが、思い返せばその一夜で真田の人生が変わったのだろう。

その後、月に数回東京の都心部に呼び出されては関係が続いたが、ある日突然「今日で終わりにしよう」と言われた。

真田は高大に身体の関係以上の感情を持っていなかった為、素直に別れを受け入れたが、身体は簡単には納得しなかった。

妻を抱いても満たされない疼き。

気づけば、真田は新宿二丁目に居た。

右も左もわからぬ街で途方にくれている所に声をかけてきたのが澤野だった。

後から聞いた話だが、澤野は真田に一目ぼれしたらしい。

かくいう真田もまた、一目見た時から澤野に惹かれていた。

男と関係したのは高大唯一人で、それも恋情の篭らぬ身体だけの関係だ。

そのため、男を好きになったのは澤野が初めてだった。

それは身体の奥に疼きを感じる以上の戸惑いを真田に与えたが、二人で居る時は幸せ以外の何物でもなかった。

性欲を満たす為ではなく、互いを求めるために行為に没頭するなど何年ぶりの事だろう。

相手に良く思われたい、相手を満たしてあげたい、そういった想いを抱ける事にも幸せを感じていた。

澤野は37歳、都内で予備校教師をしており、いかにもな理系のインテリだった。

一見冷たそうに見える面持ちをしているうえに、その冷たさに拍車をかけるような銀フレームの眼鏡までしている。

眼鏡の奥の、鋭利さ漂うその顔はとても綺麗だった。

強烈な想いで惹かれあったが故に、二人は出会ってすぐ身体を交じらせた。

愛を伝え合うのもすぐで、短絡的にも思えるが互いにこの上なく真剣だった。

言葉では言い表せないほど、強い想いを抱いている。

だというのに、真田は澤野に自分の身元を明かす事はなく、下の名前とメールアドレスだけを教え、普段は連絡を取らなかった。

日常と澤野と会っている時を明確に別ける事が、真田にとって最後の砦だったのかも知れない。

どんなに愛していても、澤野との日々を日常にするつもりはなかった。

澤野も最初はそんな真田を詮索したのだが、頑なな態度にそれも止めたのだ。

身元を知らない現状でも構わないと澤野を思わせたのは、二人で居る時に真田が見せる、この上なく幸せそうな笑顔を知っているからだろうか。



 
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