やっぱり好きな人・編・01



 暦(こよみ)は秋となったが、九月の中旬はまだまだ暑い日が続く。
 服装はまだ半袖であるし、照りつける太陽はギラギラしている。季節の移り変わりなど、肌では感じられない。ただ教師という仕事柄、「二学期」という物が時間の経過を教えていた。
「汗ばむなぁ……」
 窓の外に見える青々とした葉をつける大木を眺め、三城恭一(みき・きょういち)はふと呟いた。
 太陽の光が窓ガラスに反射し、キラリと光る。それがやけに眩しくて、ボールペンを走らせていた手がつい止まってしまう。
 由志(ゆうし)高校、職員室。授業が全て終わったこの時間、職員室に残る教師はまばらで、誰も恭一の独り言になど気を止めていない。
 多くの教師は部活動の顧問として出払っている。一応恭一も放送部の顧問という肩書きを持っているものの、時折活動を覗きに行く程度なので呑気なものだ。
 活動の活発な部活動の顧問であったり、担任クラスを持っていたり、もしくはその両方を担っていたり。そういった教師に比べれば随分と仕事量も時間も余裕があるのだろうが、しかし「簡単」や「楽」などという言葉で語れないのが現状だ。
 数ヶ月の教師生活を経て思うのは、予備校教師をしていたが故に授業や授業計画について妙な癖がついているのだろう、という事だ。それが、単なる新米教師という以上に手間を取っているようだ。
「春海さんだったら……なんて、言っても仕方が無いよね」
 つい、ふと脳裏を過(よ)ぎるのは、唯一無二の最愛の存在。
 何でも知っており、何でもこなしてしまえるような、優秀の一言がこれでもかと似合う男。
 彼ならばきっと、授業計画書など自信を持って直ぐさま作り終えるのだろうし、テスト作りにしても悩みなど持たないのだろう。日々授業を受けていただけで日本一の大学まで進学出来たのだと、その程度の事なのだと言っていた彼ならば、同じように日々授業をしているだけで、必要なテストを制作する事も理解してまいそうだ。
 不遜なばかりの面持ちで授業をする彼の姿が容易に想像出来る。三城は到底教師向きの性格や考え方をしていないだろうが、事務作業だけならば飛び抜けて秀でているだろう。
 それこそ、日本有数の企業のナンバー2に名を連ねている手腕があるのだから。
「今日も、帰ってこれないのかなぁ」
 光を受ける窓ガラスに、おぼろげな三城の面持ちを見る。
 もう随分と、彼に会っていない気すらしてしまう。
 実際には昨晩帰宅した三城と顔は会わした。しかし、シャワーを浴びて着替える為だけに戻った三城と必要最低限の言葉を交わしたに過ぎない。
 もう何日も一緒に食事をしていないし、ゆっくりとした時間も過ごせていない。
 結局、忙しい忙しいとノートを睨み付けたところで、恭一の何倍も三城が忙しいのはいつもの事だ。
「もうちょっと、って言ってたけど、いつになったら落ち着くのかな」
 一介の教師である恭一などには到底理解出来ないような事柄に三城は追われているのだろう。お庭違いであるが故に、授業計画以上に彼の仕事の収拾がいつ付くのかなど想像も出来ない。
 もちろん手伝う事など出来る筈もなくて、ただ三城の帰宅時に気持ちばかりの支援をする程度だ。
 早く、落ち着いて欲しい。
 そうすれば、恭一の気持ちもリフレッシュ出来て、全てが上手く進むような気がする。なんとも人頼りだ。
 そう考えたと同時に、三城ならばそのような事すら考えないのではないかと思えば苦笑が浮かんだ。
「はぁ……よし、次」
 与えられたデスクの上に広げいたノートを捲り、ボールペンを走らせる。
 三城の時間が出来た時に、彼の誘いを断らないで済むように。
 今は自分に出来る精一杯をするだけだ。
 真夏よりは日が早くなった秋の夕方。黄昏が迫るまで、恭一は紙面から顔を離さなかった。
 
 
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