やっぱり好きな人・編・01



 気楽と言えば気楽な一人の夕食を済まし、恭一はぼんやりとテレビを眺めていた。
 どうしても興味があるという内容ではないものの、他に何をする気力も沸かない。
 一人の夕食は確かに楽だ。栄養に偏りが出ようが、見た目が悪かろうが自分さえ気にしなければ済む。腹を満たせればそれで良いとも言える。だがそれだけに、非常に味気ない。自分の料理はこんなにも不味かったのかと思ってしまう程、味を感じられなかった。
 しかしそれは今日だけの事ではない。もう何日も、一ヶ月近く続いている。
 三城は仕事なので仕方が無いとは解っている。自分の事ではないのでどうにも出来ない。それでも、自身の仕事の忙しさ以上に、気持ちが疲弊してしまいそうだった。
「連絡も、ないな……」
 今日、三城から来たメールと言えば、帰宅出来ないというあっさりとした一言だけ。電話はない。それだけ忙しいのだろう。
 理解はしているし、そこに苦言を言うつもりはないものの、それと寂しさを感じないかと言うのは別問題だ。
 チラリとスマートフォンを眺める。何の着信も知らせないそれは、意味の持たない無機物だ。
「もう、寝ようかな」
 一人でテレビを見ていても退屈しかない。液晶画面の向こう側のタレントは楽しそうに笑っているが、その面白さを今は何も感じない。
 長年一人暮らしをしていた筈だというのに、もはや一人きりの生活は虚しいばかりだ。
 無意識に重いため息が出来る。そうしてリモコンを手に取り、液晶テレビに向けた。
 それまで煌びやかな世界を映していたそこは、ただの漆黒になる。反射した室内を映して見ても、眺め続ける価値などない。
 賑やかなBGMや人の笑い声も消えた。静まり返った室内にあるのは、時計が時刻を刻む針の音と、遠くに聞こえる機械の作動音。
 ふと目をやった壁掛け時計はまだ深夜手前だったが、丑三つ時ではないかと感じてしまうような冷え切り重い雰囲気だ。
「洗って……寝よう」
 気に入りのマグカップに入れたコーヒーも味気なくて、半分も飲んでいない。ため息交じりにそれを持ち、キッチンのシンクに向かった。
 食洗機に入れる程でもないと、スポンジに洗剤を垂らして手洗いをする。
 会話を持てない夜はこんなにも長く、何をするにも億劫になるとは知らなかった。
「何か、趣味とか見つけないとな……」
 今後も三城と暮らしていく。それが当然の事ならば、このような生活も当然続いていくのだ。
 何事にも能力が高い三城は仕事の効率やスピードも高いのだろう。けれどそれ以上の仕事量を抱えているのか、定時で帰宅する日も中にはあるが、深夜を回る日も少なくはない。その時々によるし、出張でそもそも日本に居ない日も多い。
 その度にこのようになっていては、恭一自身の生活に支障が出てくる。
 今まではそれでもなんとかなっていたが、もはや三城との生活が日常の当たり前となった今、他に夢中になれる物を見つけるべきかもしれない。そうすれば、一人きりの夜もこうも虚しくは感じないのだろう。
「明日、本屋にでも行ってみようかな」
 趣味を持とうなどと漠然と考えても、何をどうすれば良いのか一つも解らない。本来「趣味」など、見つけようと意図的に見つける物ではないのだろう。
「出来たら一人で、家で出来るのが良いよね。夢中になれて、時間を忘れられるような……」
 洗剤を綺麗に湯で流し、濡れたマグカップを水切り台に伏せる。ぼんやりと辺りを見渡してみても、どこも綺麗で特別するべき事も見つからない。
 強いて言うならば、今の恭一の趣味は家事だ。
 水で濡れた手を拭いた恭一は、メインルームの照明を消そうとスイッチへ足を向けた。
「……明日は、弁当もいいかな。一人だったらコンビニのパンでも……、……え?」
 虚しさを振り払おうと漏れる独り言を呟いていた時だ。自分の声でも、機械の作動音でもない物音が耳に届いた。
 耳を澄ます。それは、明らかに玄関から届いた。
 このマンションはオートロックで、エレベーターは専用のキーで示した階にしか止まらない。エントランスにはコンシェルジュも居て。つまるところ、住人以外の侵入は非常に難しい。
 ならば。
 不審人物ではないと言うのなら。
 そこに居る事が出来るのは、ただ一人だけ。
「春海さん?」
 反射的に駆けだした恭一は、玄関へ続く仕切り扉を開いた。


*目次*