やっぱり好きな人・編・05



 シャワーの水音がキッチンに居る恭一の耳まで届く。
 ソファーでの一時(ひととき)はまるで白昼夢のようだった。あっという間に冷めてしまい、もはや遠い昔の出来事のようだ。
「二個、で良いかな」
 本心を言えば、もっとあの時間を感じていたかった。三城と触れ合い続けていたかったし、ずっと隣に居て欲しい。
 しかし三城の多忙さは理解している。仕事なのだ、そのような胸の内を口にするなど出来はしない。
 恭一自身社会人の大人の男で、そういった部類の我が儘を口にするつもりなどない。だというのに、どうしても考えずにはいられなくて、想いを込めるようおにぎりを握っていた。
 夕飯の残りの白米に、冷蔵庫にあった具材で作っただけの簡単な物。それでも、珍しく疲労を露わにする三城を少しでも癒やす何かになれば良い。
「よし。何か、入れる物……」
 ラップで包んだそれを作業台に置き、辺りを見渡す。普段使用している弁当袋が目に入り、大きさは不釣り合いであったがそこに二つのおにぎりを入れた。
 恭一が三城にしてやれる事は、精々この程度。塵(ちり)程の役にも立てていないだろう。
 三城とは見ている世界が違い過ぎる。それを知っていたつもりだが、こうし時にそれを辛く感じた。
「春海さんは……あれで良かったのかな」
 つい数分前の出来事。
 ソファーで抱き合い互いを重ね合ったあの時間で、三城は癒やされる物があったのだろうか。
 提案したのは三城。求めて来たのも三城。彼が導き出した答えなのだから、少なからず彼は満足をしているのだろう。けれどそこに確信はなく、ただ、彼の負担にだけなっていなければ良いと強く思った。
 三城と抱き合ったのは随分と久しぶりだ。最後まで行う事は出来なかったけれど、頭の中が空になるような感覚を得た。
 それは良い物だと言えるのだろう。
 だというのに、こんなにも虚しさばかりが残るのは何故なのだろうか。
 ため息しか出てこない。精液と共に寂しさも出ていってくれれば、このような気持ちを持たずに済んだのに。
 立ち尽くしたように、キッチンでおにぎり入りの弁当袋を眺める。
 そうしているとカチャリと扉が開く音が聞こえ、シャワーを浴びてこざっぱりとした三城が姿を見せた。
「まだ起きていたのか」
「あ、うん。春海さんを見送ろうと思って」
「そうか。だが、明日も学校があるんだ。あまり無理をするな」
「ありがとう、大丈夫」
 ベルトを通していないスラックスと、素肌にワイシャツを引っかけた格好の三城が、まだ湿り気のある髪をかき上げた。
 帰宅した時よりは随分と覇気がある。しかし、顔色が悪い事には変わらない。
 もう深夜を回っている。だというのにこれからまだ仕事がある上に、明日も朝から通常通り仕事なのだろう。気が晴れないのも当然だ。
「あ、そうだ。春海さん、これ」
「なんだ」
「お腹、空いてないかも知れないけど。良かったら食べて。朝くらいまでなら大丈夫だと思うから」
「何か、作ったのか?」
「うん。あ、ううん。おにぎりだから、大した事ないんだけど」
「いや……ありがとう」
 おにぎり入りの弁当袋をダイニングテーブルに置く。
 いつも通り弁当を作ろうかとも考えたが、三城の出発時間を聞いていないので、間に合わない可能性を考えて止めた。けれど弁当と言わずとも、少しのおかず程度は作れば良かったかと今更ながら少し後悔した。
「悪いな、恭一にも迷惑をかけて」
「迷惑なんてそんな。春海さんが忙しいのは理解しているし、僕に出来る事なんて全然ないから」
「もう少し、明日か明後日には一旦落ち着く筈だ。そうしたら、外食でもしに行こう」
「うん。もう少し、春海さんも頑張って」
「あぁ」
 三城は、恭一の目に映っているよりも精神的にも肉体的にも疲弊しているのかもしれない。
 迷惑をかけて悪い、などという言い方を、普段の三城ならばしない。今は余程、特別なまでに忙しいのだと教えられる気がした。
 三城は、強い人だ。普段は疲れを感じさせず、愚痴も滅多に口にしない。弱い部分などないのか、恭一に見せないだけなのかは知らないが、もしも見せていないだけだというのなら、今くらいは見せて欲しいとも思う。
 けれど恭一が知る中の誰よりもプライドが高い三城は、恭一が求めてもそのような姿を見せはしないだろう。
 三城がいかにも疲れているだろうに、支えるどころか、もっと一緒に居たいなどと考えた自分が情けなくなる。
「着替えてくる」
「もう……えっと、そのまま出かけるの?」
「あぁ。電話が掛かって来るまでに確認したい事もある」
「そっか」
 寂しい。頑張ってほしい。一緒に居たい。支えたい。
 矛盾した身勝手な想いが、一斉に胸に浮かんだが、その全てを言葉にせずに飲み込んだ。
 今は、笑顔で三城を見送るだけ。それが唯一恭一に出来る事のように思えた。
 ウォークインクローゼットに姿を消す三城の後ろ姿を眺める。手持ち無沙汰のまま、恭一はその入り口扉が見える位置で、ソファーに腰を下ろした。



  
*目次*