やっぱり好きな人・編・07




 一体、あれは何だったのか。
 何の為に三城が所有していたのか。
 考えて答えの解る部類の疑問ではないと思いながらも、恭一の思考の隅から消えてはくれなかった。
 そうして、コンビニエンスストアで購入したパン一つだけの寂しい昼食を終え、五限目が始まるチャイムが鳴り終わった頃だった。
「そういえばさ、俺の彼女だけど」
「お前、生徒居なくなるの待ってただろ」
「まぁね」
 理科教師の山崎と、地理教師の木村が恭一のデスクに事務椅子を寄せて来た。二人共に担任は持っておらず、ロングホームルームのこの時間は授業がない。
 仕事がないわけでは無かったが、昼休みの会話の続きを切り上げるつもりはなさそうだ。
 恭一のデスクに集まられている事と、急ぎの仕事はない事から、恭一も半ば諦めて会話に参加している。同僚である教師達と親睦を深めておく事も、より良い学校生活には必要だ。
「付き合って長い彼女が居るって言ってましたよね」
「そうそう、もう五年。なんだかんだで結婚って雰囲気もなくてさ」
「で、どうしたんだよ」
「でも、それもどうかと思って来たんだよね。彼女も三十歳越えたし。で、そろそろ結婚話を持ち出そうかとも思ったんだよ」
「踏み切ったな」
「あぁ。でもさ、もう既にセックスレスなんだよね。それで結婚とか、無理じゃねぇかって思って」
「なるほどな」
 ため息混ざりの山崎に、訳知り顔の木村が頷いた。
 これは、学校でして良い話題だろうか。いささか不釣り合いな単語も出てきた。
 しかし今は職員室もまばらで。恭一の口からは静止の言葉は出なかった。
 確か、二人共に恭一よりも五歳年上だった筈だ。現在三十三歳だろうか。ならば、結婚を意識する年齢には十分だ。
 恭一は元々ゲイで、結婚などという物を考えた事もなかった。それが、三城と疑似的に養子縁組みを結び、結婚のような生活を送っている。
 とはいえ、どうにも恭一が肯定も否定も返答を返せそうにない。
「でもさ、その彼女と結婚はしたいんだろ?」
「そうだな。もう今更別の女と……なんて考えられないし」
「だったら、セックスレス解消するしかないだろ」
「そう簡単にいかないって。誘ったって、聞き流されるだろ」
「だから、刺激的な事に誘うんだって」
 木村がさもニヤニヤと、面白がっている風に話す。
 山崎は斜に構えたように座りどこか面倒臭そうに返事をしていたが、しかしその眼差しには隠しきれない真剣さを宿していた。
 その両者を眺め、恭一は少し居心地が悪かった。
 下世話な話などしない、と聖人ぶるつもりはない。学校で話すのはどうかとは思うが、その程度だ。しかし、男女の話となると途端に免疫がなくなる。
 似たような、ほぼほぼ同じだとも言える性行為を幾度となく経験していても、それが男女であるとまるで別物のように思えてしまう。物語の中だけの出来事を突きつけられているような気恥ずかしさだ。
「その刺激がないんだって」
「だから、普段とは違う事で誘うんだって」
「普段と違うって?」
「たとえば、コスプレとかSMとか」
「は? SM?」
「例えばだって。軽く手を縛ってみたり、目隠ししたり、セクシー系の下着を履かせてみたり」
「っ……」
 木村の言葉が耳に届くと同時に、ふと今朝見た物を思い出した。
 何の為に、何故三城がそれを所有していたのかは解らない。けれど一つ解るのは、それが唯のパンツではなく、いやらしい雰囲気を醸し出していたという事だ。
 あれは、そういった意味であったのだろうか。
 今までとは違う刺激を求める為に、三城が用意をしていた物なのだろうか。
「後は、そうだな。あぁ、場所を変えるとか。例えば、車の中とか、リビングとか?」
 つい、昨日の事だ。
 三城はベッドにも行かず、リビングルームのソファーの上で抱き合った。それもセックスはせずに、ペニスを合わせただけ。
 その時は、彼は疲れ、そして急いでいるだけだと思っていた。しかし、その本当の意味は、三城が刺激を欲しかったからなのだろうか。
「なるほどね」
「やってみる価値はあるんじゃない? 長く居るとマンネリするもんな」
「ちょっと、先生方! 学校でそういったお話はしないでください! 生徒が聞いたら悪影響です!」
 恭一からしても度が過ぎて居た山崎と木村の会話は、中年の女性教師山本の金切り声により終止符が打たれた。
「仕事するか」
「うわっ、もうこんな時間だ」
「幸田先生も、木村先生と山崎先生を止めてください。ただ聞いてるだけでは同罪ですよ」
「……すみません」
 恭一の席へ椅子を寄せていた木村と山崎を散らすように山本が歩いてくる。彼女の言い分はもっともだ。
 二人の会話に同調はしなかったが、恭一自身思うところがあったので聞いてしまっていた。同罪と言われても仕方が無い。
「仕事、しなきゃ……」
 山本に会釈をして気持ちばかりの謝罪を送ると、事務机に向き直る。
 三城と揃いで購入したボールペンを机の上から持ち上げる。目の前の書類に集中しなければ。
 そう思いながらも、先程の木村の言葉が、どうにも頭から離れなくなってしまった。
  
*目次*