やっぱり好きな人・編・08



 今夜、三城は帰宅すると連絡があった。
 詳しい事は解らない。短いメールが届いただけで、時刻や夕食の有無を質問したメールには返信がなかった。
 それでも、恭一の気持ちは浮き足立っている。
 ここ暫くは三城が帰宅しない日もあったし、昨日のように一時帰宅だけという日もあった。たとえ帰って来ても、シャワーを浴びて眠るだけだ。
 それが今夜はきちんと連絡があった。それがまだ夕方の時間だったので、期待が募る。
 三城と会話を重ねたいし、触れ合いたい。
 あの下着の事も気になるので、聞けるなら聞きたいし、使用しても構わない。それが三城が着用するつもりなのか、はたまた自分用に用意されていた物なのかまでは解らないが、三城が望むならどちらでも構わない。
 恭一としては、三城との生活や性生活においてマンネリなど感じていないが、交際をして一年以上経つので、そうなっても仕方が無いのかもしれないとも思う。
 最愛の三城との円滑な生活の為なら、彼の要望や欲望は出来る限り受け入れたい。
「……春海さん、まだかなぁ」
 そのような事を延々と考えているうちに、帰宅するというメールから数時間が経ち、時刻は午後十一時を指そうとしていた。
 夕食はカレーを作った。帰宅した三城が食べても食べずともどちらでも良いように準備をしている。
 風呂も沸かしたし、着替えも整えた。手持ち無沙汰のあまりいつも以上に部屋の掃除もした。
 そうしてやる事がなくなったが、未だ三城は帰宅しない。
 期待をして、待ち望んでいるだけにどんどんと虚しくなっていく。
 テレビを見る気にもならず、無音の室内。見慣れた筈のそこがやけにだだ広く感じる。
「春海さんが帰って来たら……何か、刺激的な事をしてみるとか、どうかな」
 ぼんやりと、頭に浮かんだままを口にする。
 昼間の会話がいつ先程聞いたかのように思い出さされ、それと現在の退屈さが重なったのだろう。
 特別何もない天井を眺め、指先一本動かす気にもならない。
「刺激……ってなんだろ」
 木村が言っていたように、コスプレをしたり、セクシーなランジェリーをつけたり、ベッドではない場所でセックスをしたり。そういった事なのだろう。
 けれどそのどれも、今の恭一が一人で準備を出来る事柄はない。
 実行が出来ない非現実的な事柄をただただ思い浮かべてみる。
 そうして気を反らせても、本心で気になるのは時計ばかり。壁掛け時計の針の進みが随分遅く感じ、待っても待っても待ち人は現れない。
「帰って、来るんだよね」
 もう何度目であるのかも解らない、スマートフォンをチェックする。けれど数時間前と変わらず、三城からの着信は何もなかった。
「何か、する事ないかな……やっぱり、趣味でも持たないと……」
 三城の帰宅の有無だけでこんなにも生活に影響を出していては良い筈がない。
 そのような恭一には、マンネリなどという言葉は無縁だろう。
 しかし今は、三城の帰宅以外に何にも興味を持てない。一時期少しだけしていたスマートフォンのゲームなど、今はまるで触る気にもならない。
「明日の準備、とか……? ……あっ」
 何か手につく事を、そう回らない思考で必死に考えていた時だ。
 研ぎ澄まされていた耳に、ガチャリと玄関の鍵が解錠される音がはっきりと届いた。
「春海さん!」
 今までの身体の重さが嘘のように、ソファーから飛び降りる。そうして転がるように玄関へ行くと、昨日よりも疲れの色を見せる三城が革靴を脱いでいた。
「お帰り、春海さん」
「……あぁ。ただいま」
 弾む声が止められない恭一の一方で、三城に覇気はやはり無い。
 言いたい事が沢山ある。つまらない、実もない話ばかりだが、日々の事柄を話したい。あの下着についても聞いてみたい。
 言葉が喉で渋滞する。
 けれどどれ一つ発せられる前に、三城は禄(ろく)に恭一を見もしないまま、リビングルームへ入って行った。
「春海さん、カレーあるけど食べる?」
「いや……悪いが夕食はとってきた」
「そっか……」
「シャワーを浴びて、寝る」
「お風呂、沸かしたよ」
「そうか」
「あ……うん」
 いつもなら。
 どんなに疲れていても、否疲れている時の方が、三城はスキンシップを求めてくる。しかし今日は、顔を見てくる事もなければ指一本触れてこない。
 恭一にまるで興味がないように、それ以上に意識を向けるべき事が多いかのように。
 三城は疲れている。故に仕方が無い。そう思う一方で、酷く寂しくもあった。
「春海さんの着替え、出しておかないと」
 三城と過ごす時間を楽しみにしていた。それだけに今の彼に落胆は大きい。
 自分勝手な要望だと理解はしている。それでも、沈む気持ちは止められない。
「マンネリ……か」
 三城はもう、一緒に過ごす時間に慣れ過ぎてしまったのだろうか。一緒に過ごすという当たり前の事柄では、疲れなど取れないのだろう。
 あらがえない時間の流れ。三城を責められた物ではないと心の中で繰り返しながらも、恭一はどこか自分一人が置いて行かれたような錯覚に陥った。


  
*目次*