やっぱり好きな人・編・09



 疲れ切った三城を見ても、まだ期待する何かがあった事は否めない。
 シャワーを浴びて寝るとは言っても、コーヒーやアルコールの一杯でも飲むだろうし、そうすれば会話やスキンシップがあるのだと思っていた。
 しかし三城は、本当にシャワーを浴びて直ぐにベッドへ入った。
 必要最低限の会話しかしていない。
 なんとも珍しい、もしかすると交際以来初めてかも知れない三城の態度に戸惑いばかりがある。それだけ疲れているのだろう。そう思いながらも、言い知れぬ寂しさが無視出来ない。
 なんとも自分勝手だ。
 翌朝、もう三城が居ないベッドで目覚めた恭一は、冷たくなった三城の枕に触れ、自己嫌悪に陥った。
「春海さん、早いな」
 普段なら、教師の恭一よりも外資系企業の重役である三城の方が出勤時間は遅い。その為、三城が恭一よりも早く起きて出かけるという事は、それだけ多忙である証拠だ。
 解っている。理解もしている。今は応援をし彼を支えるべきだ。
 そう、頭では考えているのに、心の中ではもっと三城に会いたいと、いっそ甘えたいと思ってしまう。そのような自分が嫌でたまらなく、ため息しか出ない。
「洗濯、しなきゃ……」
 三城に会い、触れ合う事が出来ないのならば、彼の為に出来る事を精一杯したい。そうしている事で、何かをごまかせる。
 しかし、現実的に恭一に出来る事は極めて少ない。
 食べるとも解らない暖かい食事を用意し、部屋を片付け、着る物を整える。その程度しか、恭一には出来ない。
 自分の要望ばかりが大きくて、役に立てない。
 一年以上一緒に居て、今ほどそれを突きつけられた時は無かった。
「もうちょっとで、この忙しさが終わるって言ってたけど」
 そうした時、日常の生活に戻った時に、二人の関係も元通りになるのだろうか。
 会話が増え、スキンシップも増え、甘い時間をベッドで過ごせるのだろうか。
 そう、なるのだと思う。今までならば多忙な時期が終われば日常が帰って来た。
 しかし、今回は。これまでにない多忙さ故か、その為の三城の雰囲気故か。楽観的に、そう思う事が出来ないでいる。
「無理、してたのかな」
 あの三城に限ってそれはないと思いたい。
 けれど、どうしても考えてしまう。
 三城は、無理をして、本心を隠して、恭一と過ごしていたのではないのだろうか、と。
 随分とネガティブな思考だ。三城を信じられないで居るなど。
 けれど、これまでは疲れている時程スキンシップを求めて来た三城だった。しかし昨日はそうではなかったし、一昨日はソファーの上で終わった。
 ならば。
 本当は会話もスキンシップも面倒であったのに、恭一の為にそうしていたのではないか、と考えずにいられない。
 あの三城に限って。
 ありえないのだと、そう思いたいのに思い切れない。
 忙しく疲れている三城を信じ切れない。
 今自分にある思考の全てが嫌で、自己嫌悪と悲観が止まらなかった。
「さっさと、学校行っちゃおう」
 そうすれば、人に会えば、このような事ばかりを考えていられなくなる。そうなる方が、今は良い。
 洗濯機で回す洗濯物と、クリーニングに出す物を分ける。昨日返却されたクリーニング済みのスーツを手に、恭一は三城のクローゼットに向かった。
 恭一にも同じ広さのウォークインクローゼットを与えられているが、三城のそことは圧迫量が全く違う。恭一の目には違いが分からないスーツやシャツがいくつも並んでいた。
「ここで、良いよね」
 綺麗に分類分けされ掛けられている衣類は、三城のこだわりの順なのだろう。恭一が正確に並べる事は出来ないが、分類に分ける程度は出来る。
 そうして新品同様にクリーニングされたそれをハンガーポールに掛け、ウォークインクローゼットを出ようとした。
「……あれ? ない」
 ふと目についたチェストの上。
 昨日はあった、あのTバックがなくなっていた。
「どうして……」
 どうして、など、三城が片付けた他にない。
 しかしそれが、どうにも気になった。
 三城はあれを、どこにやったのか。何の為に持っていた物を、どうしたのか。
 あれは、誰の為の物だったのか。
「春海さんが、履いていったのかな?」
 ここにない、という事は、そういう事なのだろうか。あの、あまり機能性に優れているとも思えない、革製の下着を。
「……マンネリ、か」
 三城は、何か刺激を求めているのだろうか。
 忙しいが故に、日常的な生活では癒やせない何かがあるのかも知れない。
 故に、ありふれた会話やスキンシップを必要としなかったのかもしれない。
 そう考えると、どこかスッキリと胸の中に落ち着いた。
「僕も、何かしないと」
 三城が好きだ。
 どうしたところで大好きで、彼とこれからも幸せに暮らしていきたい。
 彼の為に、出来る限りの事がしたい。
 それはただ家事をし家庭を守る事だけではないのかもしれない。
 自己嫌悪や悲壮感は薄まった。けれど今の恭一は、また別の事で思考が占められていた。


  
*目次*