やっぱり好きな人・編・12



 良い買い物が出来た、と思う。
 直接的なアイテムではないものの、アダルトショップで買い物をするのは恥ずかしい。年齢を重ねても変わらないし、むしろ久しぶり故に恥ずかしかったのかもしれない。
 商品が入れられた不透明なビニール袋をビジネスバッグに詰め込み、恭一は足早にビルを後にした。知り合いなど周囲に居ないと思いながらも、このような店に出入りをしている場面を万が一見られていたら、と考えると気が気では無い。
「えっと、駐車場……」
 来た時は夢中で。インターネットで調べた店に行く事だけを考えていた。どこから来たのか、どこを曲がったのか、うろ覚えだ。
 それでもなんとか記憶を頼り、来た道を辿っていく。
 空は暗く、日は沈み、街頭や街のネオンが輝き始める。
 そうしていた時だ。あと少しで駐車場に辿り着く筈、だと思った頃、不意に恭一のジャケットの中でスマートフォンが着信音を上げた。
「どこだ……あった。え? 春海さん?」
 音の出所を探り、スマートフォンを手に取る。光る液晶画面に映し出されていたのは、三城の名だ。
 このスマートフォンに掛かって来る着信の殆どは三城だ。故にそれ自体は何も驚く事ではなかったが、けれどここ最近はめっきり掛かって来る事がなかった。連絡は短いメールばかりだった。
 慌てた手つきで画面をタップする。歩みも止まり路地の端に寄った。
「もしもし、春海さん?」
『今何処だ? まだ学校か?』
「今……えっと、ちょっと、外……かな」
『外? 買い物か?』
「あ、うん」
 よりにもよってあのような店の帰りに電話が掛かって来るなどタイミングが悪い。普段は来ない、恭一の活動範囲外の街。故に、このような場所に居ると言えば何故なのか問われそうで、つい言葉を濁してしまう。
「そ、それより、春海さんどうしたの?」
 三城の声には、疲れが滲んでいる。けれど抑揚はしっかりとあるように感じられた。
『まだ夕飯の準備はしていないだろ?』
「まだだけど……」
『外で食べるぞ』
「今から?」
『あぁ。新宿まで出て来い。いつものホテルで待ち合わせだ。良いな』
「あ、うん。解った」
 三城は忙しいのではないのか。疲れているのではないのか。
 否、だからこそ外食をしたいのかもしれない。新宿は三城の社屋がある街で、息抜きに外食をして、また仕事に戻るのかもしれない。
 様々な疑問や憶測が瞬時に頭の中を駆け巡る。けれど口にする間はないまま、三城は詳しい場所と時間を指定した。
「じゃぁ、また後で」
『あぁ……恭一』
「何? 春海さん」
『大事な、話があるんだ』
「え……大事な?」
 反射的に、あの下着を思い出した。
 マンネリを感じているのだと、二人で刺激的な事をしたいのだと、三城は言うのでは無いか。むしろそれ以外に、心当たりが無い。
 ドキドキと胸の鼓動が早くなってゆく。スマートフォンを握る手にも、妙な力が入った。
『後で、話す』
「解った」
 通話が切られる。少しの間通信が遮断されたスマートフォンを眺めていたものの、恭一はそれをポケットに戻すと駐車場に向け歩き出した。
「新宿は、どう行くんだっけ……」
 慣れない街は、車移動に迷うものだ。
 自宅には戻らず、直接三城に会いに行く。新宿での、多分それなりのレストランでのデートだというのに、一日仕事をした後のビジネススーツというのはいささか気が引ける。
 しかし、三城とデート。
 外食どころか向かい合ってゆっくりと食事をするのも久しぶりだ。
「急がなきゃ。春海さんを待たせたら悪いもんね」
 足取りが、不思議と軽くなる。早く、彼に会いたい。
 今し方購入した物を使いたいと言えば、三城はどのような顔をするだろうか。もしもそれを受け入れた時、三城はどのような反応で、どのような面持ちで、それを付けるのだろうか。
 想像しただけで、気持ちが高ぶる。
 週末の宵の口。恭一は視線の先に見つけた愛車に向け、小走りに駆けていった。

  
*目次*