やっぱり好きな人・編・13



 通い慣れた、新宿のシティーホテル。
 そのラウンジに到着すると、なんとも珍しく、三城が先に席についていた。
「お待たせ、春海さん。早かったね」
「当然だろ。俺は徒歩圏内だ」
「そっか。その方が楽だよね」
 久しぶりに目を見ながら話している気がする。
 少しばかり疲れを感じさせる三城は、けれど電話口で感じたよりは元気そうであった。というよりも、いつもの三城らしい隙の無さがあるのかも知れない。疲弊しきった彼よりも、余程三城らしい。
「他にやる事もあったからな。行くか」
「うん」
 恭一が席に着く間もなく、三城はスマートに立ち上がる。
 ふと視線が向かったコーヒーカップは空で、それだけの間三城がここに居たのだろう。
 いつもならば、待ち合わせ時間丁度に来るのが三城だ。一方恭一は五分や十分早く到着する事も珍しくなく、今にしても待ち合わせよりも余裕がある筈だ。
 確かに、電気街に居た恭一よりも徒歩圏内の社屋に居た三城の方が距離的に断然近いとはいえ、珍しい事には変わらない。
「どこに行くの?」
「この上だ。レストランの個室を抑えられたからな」
「個室、なんだ」
「あぁ。人目があると、ちょっとな」
「……そう」
 人目があると、話しにくい内容。恭一の憶測が、現実味を増していく。
「あの……春海さん。この後、会社に戻るの?」
「いや。今日はここに泊まる。さっき部屋を取った」
「え、泊まるの?」
「何だ? 不都合でもあるのか?」
「ううん、そうじゃないけど」
 日常生活をして、見慣れて、新鮮味が失われた自宅ではなく、特別な気持ちにさせてくれるホテルの客室。料理や家事など所帯じみた事をしないで済む時間。
 そのような物まで、三城は用意をしていたのか。さすがは、完璧主義の三城だ。
 確かにこのような会話を、もっと込み入った事も話すのなら、個室でなければならないだろう。
 道すがら言葉も少なく、恭一も場をわきまえ言葉を選んだ。
 そうしてホテル上層階のレストランに到着し、広々とした個室へと案内された。
「コースしか無いのは、こういう時に不便を感じるな」
「そ、そうだね」
「人の出入りがあっては話に集中出来ないが……急な事だったからメニューの変更も出来なくてな」
「そうだよね」
 二人きりになった個室。くすみ一つない白いテーブルクロスが掛けられた、二人がけにしては広すぎるテーブルに向かい合う。
 磨き上げられたカトラリーが、やけに輝いて見えた。
「取りあえずアルコールが来てからだな」
「あ、うん」
「そういえば、最近恭一はどうしてたんだ?」
 俯き加減で、三城が煙草を取り出す。煙草を吸う三城の手が好きだ。それすらも、ゆっくりと眺めるのは久しぶりな気がした。
「え? 最近? と、特に変わった事はなかったけど」
「そうか。 暫く、ちゃんと話していなかったからな。一人にして悪かった」
「う、ううん。そんな事。春海さん、忙しかったんだし」
「ありがとう、恭一」
 紫煙を吐き出しながら、三城が真っ直ぐに恭一を眺める。その口元は少し笑っているようで。
 もっと話したい。もっと、触れ合いたい。
 テーブル一つ分の距離が、どうにももどかしくて、遠く感じられた。


  
*目次*