やっぱり好きな人・編・14



 そうして、他愛の無い会話を重ねているとワインがボトルで運ばれた。
「乾杯」
「乾杯。……何にだろうね」
 特に祝う事もないのに。けれど強いて言えば、三城とのこの時間かもしれない。
 こうして彼とゆったりとした時間を過ごす事が久しぶりならば、それは祝うに等しい事柄かもしれない。
 一人そのような事を考え小さく笑う恭一に、しかし三城はグラスをテーブルに置きながら真っ直ぐな声を放った。
「そうだな。仕事が一段落した事だろうか」
「あ、そうだね。春海さん、お疲れ様」
「バタバタとした日が続いて禄に家にも帰れなくなるなんてな。契約が大詰めになった時に問題が出てきてな」
「そっか」
 三城が仕事の事を話すのは稀だ。守秘義務もあるのだろうが、そもそも聞いたところで恭一が理解出来ないと思っているのだろう。
 確かに彼の職務内容は複雑で、経営どころか営業にも携わった事が無い恭一には難解だ。
「今回の件だが、東京近郊に大型のリゾート施設を作る」
「リゾート施設? なんか、凄いね」
「前々から企画していた事だ。以前の経営陣の発案だが、頓挫しそうになっていた所を全て練り直し始動させた」
「さすがは春海さんだね」
「それで最近は特に忙しくてな、一人にして悪かった」
「ううん。僕こそごめんね。春海さんが仕事で忙しい事は解ってたのに」
「何故恭一が謝る」
「えっと、まぁ、色々」
 仕事だと、仕方が無いのだと思いながらも、三城の多忙さが辛かった。一人悶々としてしまう程に、寂しかった。
 けれどそれも、こうして向かい合いながらアルコールを口にするだけで、曇っていた気持ちが晴れていくようだ。
 そのうえ、今夜は三城と二人で過ごせる。もう一つの悩みの種も解決するだろう。
「それで、大切な話だと言った事だが」
「あ、うん。えっと、何?」
 唐突に切り出した三城に、恭一は素っ頓狂な声を出した。
 中身が半分ほどになったグラスを指から滑らせそうになる。
 ここで、三城は言うのだろうか。あの下着の事を。もしかすると、その先の今夜の事も。
 逆を言えば、それしか想像が出来ない。
 どうにも三城を見る事が出来ず、自分の手ばかりを見てしまう。三城からの視線は感じても、彼の表情を伺う事も出来ない。
「来週末は空いていただろ?」
「うん……え? うん」
「来週アメリカから、ある企業のCEOがお忍びで来日する。そのおもてなしをするから、恭一も居てくれ」
「……え? 大切な話って、それ?」
「あぁ、そうだが。他に何かあったか?」
「えっと……ない、けど」
 予想とはまるで違う部類のそれに、どのような反応が正しいのか解らなくなる。
 まさか三城の言う大切な話が、仕事関係であるなど考える物か。それ程に、日常的に仕事の話は大まかにしか聞いていない。
 けれどようやくそれを理解した次の瞬間。恭一はハッとして思わずテーブルに手を突いた。
「って、え? おもてなしって、僕も?」
「あぁ。堅苦しいのが嫌いな人でな。うちの社員ばかりだと疲れるそうだ。料亭など高級店にも飽きていて、日本の家庭料理が食べたいという事だ」
「僕が作るの?」
「他に誰が居る」
「そんな急に言われても」
「だからこうして、お願いをしているんだ」
 今の三城の、何処がどのように「お願い」をする態度だというのだろうか。
 あまりに憮然とする三城は、頭一つも下げる素振りがないままグラスを口につけた。
「恭一でも名前ぐらいは知っている方だ。お忍びの来日が気づかれては契約が破談になりかねないからな」
「それで、個室?」
「そうだ」
「そ、そっか……でも、後で客室に泊まるんでしょ? そこでも良かったんじゃ……」
 そうだ。
 三城は今夜このままホテルに泊まるのだと言っていた。
 だからこそ、その夜を様々に事を想像し、期待していたのだ。
 だと言うのに蓋を開けてみればなんとも色気がない内容に、どこかどっと疲れを感じた。
 三城は、マンネリ解消の為に此処へ訪れたのではないのか。ならば何故、泊まろうとしているのか。
 様々な疑問が脳裏に浮かぶものの、恭一の想像のどこからが間違っていたのか解らない今、考える事も無駄に思えた。
「部屋に戻ってまで仕事の話はしたくない。今夜はようやく、恭一と二人きりだからな」
「春海さん……春海さんはてっきり……」
 ため息交じりに言葉が漏れる。
 それが、余計な事であったと、気がついた時には遅かった。
「てっきり? 俺がなんだって?」
「え? あ……えっと……」
「今日はさっきから随分とよそよそしかったじゃないか。何を隠している」
「えっと……」
 口を滑らせた。
 そう感じた時にはもう遅い。
 どこか鋭さを感じさせる眼差しを向ける三城から、恭一が逃れられる筈など無かった。

  
*目次*