嫁で息子で・編・01



休日出勤で更に帰宅が深夜前となった三城は、玄関に上がるなり一目で上機嫌だと解る様子の恭一に出迎えられた。

心身共に疲れた一日の終わり、それは何よりの癒しである。

「春海さん、おかえりなさい」

風呂上がりなのかまだ湿りけを感じさせる髪、清潔感のある柔らかい色のリネンのパジャマ。

シャツタイプのそれは上から2つボタンが外されている。

学生はテスト休みとなっている7月中旬。

けれど教師である恭一は悠々としてもいられないようで、連日会議や学習計画の修正やらと普段以上に忙しくしていた。

それでも今日は日曜とあり、久しぶりにゆっくり出来たのだろう。

恭一の機嫌が良い事は、単純に三城も嬉しい事である。

「今日は何をしていたんだ?出かけたのか?」

「うん。お昼にお義母さんからお誘いがあって」

「母さんから?」

「お菓子を沢山貰ったから食べに来ないかって。せっかくだから遊びに行ってきたんだ。春海さんの家、駐車場いっぱいあるから気兼ねしなくていいよね」

「・・・・」

問題は駐車場だけなのだろうか。

カラリと笑う恭一に、内心苛立ちすら持ち上がってしまう。

菓子を貰ったなど、言い訳に決まっている。

父にしても母にしても、立場上贈り物を貰うケースが多い人たちだ。

年配の彼ら二人では処理しきれない量の、それも賞味期限の短い菓子を貰うというのも珍しい事ではなく、その場合いつも父の事務所に持っていくなり、子供も居る長兄・冬樹に渡すなりしていると以前聞いた事がある。

そんな中、それを理由に恭一を呼び出すとは、ただ母・沙耶子が恭一を構いたいだけだと見えきっていた。

三城の苛立ちは、恭一が気軽に実家へ行く事自体ではなく、沙耶子に恭一を取られた事にのみに他ならない。

「そんなつまらない事でわざわざ行かなくていいだろ」

「え?あ・・・ごめんなさい。春海さんに相談なく・・・」

苛立ちの八つ当たりだと気が付いた時には遅い。

シュンと肩を落とす恭一にバツを悪くしながら、三城はその腰へ腕を回した。

「そんな事を言っているんじゃない。恭一が母さんに振り回されているんじゃないかと思っただけだ」

「僕?僕は別に・・・お菓子美味しかったし、お義母さんとお話しするのも楽しかったし」

「恭一が良いなら構わないが・・・・」

沙耶子と話して楽しいという感想も今の三城にとっては寛容に受け入れ難いものがあったが、思うところがあれどこれ以上言っても無駄に恭一を傷つけるだけだ。

そもそも、沙耶子が恭一を構いたがるのは今に始まった事ではない。

初めて顔を合わせた時から沙耶子は恭一を気に入っていたと知っているし、その甲斐もあって、今こうして養子縁組という名の結婚にまで至っているのだ。

世には『嫁姑問題』なるものが横行していると聞くし、仲が悪いよりはずっと良いに決まっている、と三城が鼻から抜くため息と共に気分を変えようとした、だがその時。

「でね、今日お義母さんが提案してくれたんだけど」

三城の腕の中から抜け、向き合うように前に回り満面の笑みを向ける恭一。

その姿に、どこか悪い予感がした。

ビジネスにおいてもプライベートにおいても、勘は働く方だと思っている。

だからこそ、今はその『勘』が当たってほしくないと咄嗟に脳裏に走った。

しかし残念ながら、嫌な勘程当たる、とは昔から良く言われる事だ。

「───今度、僕の誕生日に温泉に行こうかって」

「・・・・誕生日に?」

「うん。お義父さんとお義母さんとお義兄さん達と、もちろん春海さんも一緒に」

「・・・・・」

「ちょうど僕の誕生日土曜日で、だったら土日で行けるねって。お義母さんが誕生日プレゼントにセッティングしてくれるって言ってくれたんだ。春海さんお仕事の都合どうかな?最近忙しそうだけど・・・」

恭一の誕生日が土曜だという事はもちろん知っている。

だからこそ三城もまたプランを立てており───ここ連日の忙しさは当日休みを確保する為に他ならなかった。

恭一へのプレゼントはもちろん、ディナーからホテルまで、どれほど計画を練ったことか。

それを沙耶子の提案一つで狂わされるなど、認める気になれなかった。

───しかし。

「『家族旅行』って響きが良いよね。僕、凄く楽しみ」

拒否をしてしまえば良いのに。

行かせないと言ってしまえば、全てが己の思うように向かうだろうに。

そうと出来なかったのは、ただ恭一のひっそりとした笑みが胸に刺さったからだ。

「・・・・そうか。俺も、多分休めると思う」

「本当?嬉しいな。僕はやっぱり春海さんが一緒じゃないと寂しいから。もし春海さんが不参加だったらどうしよう、って心配だったんだ。嬉しいな。明日お義母さんにもそう返事しておくね」

この笑顔に勝てる筈がない。

ビジネスではどんなに戦略を練れても、恭一には一撃でやられてしまうらしい。

「あぁ、頼んだぞ」

何がお菓子を貰ったから、だ。

結局のところ、沙耶子の目的は面と向かって恭一をたぶらかす為でしかなかったのだろう。

恭一の誕生日は約二週間。

沙耶子は恭一に話を持ちかける前に宿の予約を取っていると考えてよい。

三城のジャケットをハンガーへ掛けに行った恭一を見送り、三城は今度こそため息を吐き出したのだった。




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