嫁で息子で・編・11



翌朝、身も心も絶好調の三城と、心はともかく身体はぐったりとお疲れ気味の恭一は、それでもいつもと変わらぬ時間に起床すると、沙耶子に当然だとばかりに呼び出され皆揃っての朝食となった。

いかにも『旅館の朝食』だとばかりのメニューは、さすが高級旅館とだけあり絶品であった。

おかげで、疲れの残ったままの朝を迎えていた恭一も元気が出たようだ。

恭一の不調の原因を沙耶子はいぶかしがっていたが、秋人は気がついていたのだろう。

『可哀想に』などと言いながら三城をニヤリと見ていた。

勘の鋭さは見習いたいところだが、人に興味があり過ぎるのは如何なものか。

とはいえ、そういった事にしても三城は昨日のような苛立ちを感じはしなかった。

沙耶子や秋人、時に冬樹や大治が恭一を構うのを穏やかに眺められている。

何年もぶりの家族旅行。

そこに最愛の恭一が仲良く溶け込んでいる様は、きっと幸せと呼ぶべきなのだろう。

そうしているうちにチェックアウトの時間も近づいた為、一行は二日間世話になった旅館に礼を言いを後にすると帰宅の為駐車場に場所を移していた。

行きが現地集合ならば帰りも現地解散で、別れを惜しみここでもまた雑談が繰り広げられている。

夏の日差しが高くなり始める時間帯、三城としては早く帰りたくてしかたがなかったが、手持ち無沙汰に煙草を吹かしその場をやり過ごしていた。

「それで、恭一くん。春海からのプレゼントってなんだったの?やっぱり言えないようなもの?」

何度目かの会話の区切りがついた時、秋人がそう言えばと切り出した。

昨日の会話を持ち出すとは、我が兄ながら面倒な男だと三城の内心をよぎる。

三城が送ったプレゼント。

それを秋人に知られたいか否かと問われると、『半分なら』と答えるだろうし、恭一にもそう伝えいる。

今は三城の担ぐバッグの中に収められているそれをチラリ見た恭一は、はにかんだ笑みを浮かべた。

「IDカードケースです。学校・・・職場とかで使う」

「あぁ。へぇ、それだけ?意外だなぁ。春海ならもっと派手で豪華な物を渡すと思ったんだけど、案外ありきたりだね」

「ありきたりで悪かったですね。車は転職祝いで買ったとこですし、時計も指輪も以前に贈ってますからね。生憎それ以上は思いつきませんでしたよ」

「ふーん。ま、そういう事にしておいてあげるよ。あんまり突っ込むとまた春海が怒っちゃうからね」

「・・・」

いくら実兄とはいえ、この男とは是非ビジネスで係わり合いたくないものである。

意味深に笑ってみせる秋人の視線から逃れるように顔を背けた三城は、紫煙を吐き出しながら上空を見上げた。

秋人が言うように、IDカードケースのような物だけで終わらせる三城ではない。

『それ』を思いついたからこそ、『付属』としてIDカードケースをプレゼントに選んだようなものだ。

プレゼントを渡した後すぐに布団へ行ってしまった為にそれを恭一が見つけたのは今朝になってからである。

昨晩三城が言ったようにただIDカードケースだけだと思っていたのだろう、『それ』を見つけた時の恭一の顔は三城を至極満足させ、だからこそ今の上機嫌があるのかもしれない。

恭一は嬉しいというよりも驚いた風で、何度も『それ』と三城を見比べていた。

IDカードケースを気に入りのブランドショップで購入する際、梱包前にカードケースの中へ仕込んでおいたもの。

『それ』は───C&G日本支社ビル、そして副支社長室への通行証明証であった。

本来、社員でない者が社内に入ろうと思えば、受付でアポイントの確認しそして手続きをした上で通行所を発行してもらう。

だが子会社の中でも頻繁に来社している者や一部特例の人物には、審査のうえ社員と同等の通行証が発行される場合もないわけではない。

三城は己の権限でそれを恭一用に作ったのである。

白いICカードにC&G社の社名と社章、所属する会社名と通行証の文字。

そして、『三城恭一』と記された氏名。

恭一が持つことだけを許されたカード。

『いつでも来い』

おろおろとする恭一に三城がそう言うと、恭一は曖昧な返事をしながら笑っていた。

いつでも、などと言ったところで、相手の状況やモラルを必要以上に考えてしまう時もある恭一が本当に『いつでも』来る訳がない事を三城は知っている。

それ故の安心感と、僅かな寂しさ。

自社の通行証を渡した理由は、何か緊急の事態があった時、親族と同じようにすぐに面会が出来ればと考えたからだ。

だが、ほんの少し。

連日の深夜残業で疲れた時に恭一が来てくれれば、と考えてしまったのも事実であった。

「IDカードケース?それは何?」

「会社とかで身分証を入れて首から吊っておく・・・」

「あぁ、あれの事ね。恭一さんがそんなにも嬉しそうにしているなんて、余程素敵な物だったのね。良かったわね。・・・やっぱり春海には適わないのかと思えばつまらないけれど」

「お義母さん、そんな・・・」

「ふふ、冗談よ。さぁ、そろそろ日差しも強くなって来たわ、帰りましょうか」

「そうですね。早く帰って仕事がしたい」

「秋人。貴方は本当にそればっかりね。もっと人間味のある生活をなさい」

「さぁ、どうでしょうね」

「そういう事でしたら、お先失礼します。行くぞ、恭一」

帰る、などと言いながら放っておくとまた先が長くなってしまいかねない。

三城は恭一の肩を一度叩くと、踵を返し駐車場の奥へと歩いていった。

近いスペースに仲良く並んで停車している両親らの車から離れ、自身の愛車へと向かう。

背後では早口に別れの挨拶を告げた恭一がこちらに駆け寄っているのが知れた。

今生の別れだという訳でもないというのに、何故そんなにも別れを惜しむのか三城には理解の出来ない事だ。

後部座席に二人分の荷物が入ったバッグを放り込む。

そうしていると息を整えながら追いついた恭一が助手席の扉に手を掛け、三城もまた運転席へ乗り込んだ。

「はぁ・・・春海さん、ごめん」

「・・・。別に、構わない。いくぞ」

「あ、うん・・・・あっという間だったね」

「そうか?俺には十分過ぎる二日だったよ」

「春海さん、ありがとう。すっごく楽しかったし、嬉しかったよ」

しみじみと言う恭一をチラリとだけ見た三城は、アクセルを踏むと家族の誰よりも早く車を発進させた。

今この幸せな二人きりの時間を邪魔されない為にも、他の車を引き離したい。

「良かったな。それが何より、俺にとっての救いだよ」

さんさんと降り注ぐ日差しに目を細め、三城は唇の中で呟いた。

それが恭一に聞こえているのかは解らない。

自身がプランを立てていた恭一の誕生日とはならなかったけれど、それでもこの今日としう日が恭一にとって思い出に残る出来事であるなら、それが何よりだ。

けれど、来年は同じように行くと思うなよ、と誰にともなく心の中で呟くと三城はふと口元を吊り上げたのだった。





【完】


*目次*