嫁で息子で・編・02



双方忙しく過ごし飛ぶように過ぎていた二週間。

朝から機嫌が悪いまま、三城は目的地である温泉宿へ車を走らせていた。

『家族旅行』と銘打たれていたとしても、現地集合現地解散をを強く希望したのは三城だ。

「春海さん、楽しみだね。もう皆さん到着してるかな」

「さぁな」

不機嫌さは隠せど決して上機嫌には振る舞わない三城に、けれど恭一は気がついていないのか弾んだ声をあげながら車窓の風景へ視線を向けていた。

恭一が今日をどれだけ楽しみにしていたのか知っているからこそ、その気持ちを大切にしてやりたいとは思っている。

己も恭一と同じように楽しんでやらなくては、とも思っているのだが、いくら頭でそうと考えど、ぬぐい去れないくすぶるものがあった。

「温泉、どんなのかなぁ。温泉、かぁ・・・」

「一人に、なるなよ。・・・俺から離れるな。兄さん達と二人きりにもなるな。わかったな」

「え?大丈夫だよ、子供じゃないんだから」

だから心配なのだと、三城はあからさまに唇を堅く結ぶ。

長兄は妻子持ちのノンケだが、次兄はハッテン場にもなっているバーを経営しているような人物だ。

いくら兄弟といえど、否、だからこそ油断はならない。

とはいえ、三城が本当に心配をしているのは兄らの件ではなかった。

温泉旅行といえば───つい半年前の忘れられない事件。

恭一がそれをずっと気にしていた事もまた、三城はよく知っていた。

「楽しい旅行になると、良いな」

「うん」

運転中の三城へ向けられた恭一の笑顔が眩しい。

ならばまず己の態度を改めろよ、と自分自身を叱咤しつつ、三城は口元の表情を隠すよう煙草をくわえたのだった。


*****




神奈川県箱根温泉───の外れにある、老舗温泉宿。

観光温泉街から離れ賑わいだ辺りよりも山に入った場所にある為周囲の人気は少なかったが、しかしさやこが選んだだけありその旅館は外観からも十分に年季と高級感が伝えられた。

「わぁ、凄いね」

砂利敷きの青空駐車場に車を停車させ、降りるなり恭一が歓声をあげた。

その顔があまりに嬉しげで、この旅行が二人きりであればどんなに良かったかと考えずにいられない。

「兄さん達は・・・来ているみたいだな」

「そうなの?・・・あ、車?」

「あぁ。あれは父さんので、あっちは冬樹兄さんか」

「へぇ。・・・やっぱり外車なんだ・・・」

「たまたまだろ」

広々とした駐車場だとはいえ、わざわざ入り口から離れた場所へ駐車した三城は遠目に見える見覚えのある車を眺め顎で指した。

旅館に近い場所の白のベンツは父・だいじの愛車で、そのすぐ近くに停められているシルバーのアウディーは長兄・冬樹のものだったと記憶する。

「それから・・・秋人兄さんの車はあれか。また車を変えたんだな」

「また?」

「一年と同じ車を乗り続けていないんじゃないか、あの人は」

まるで嫌な物を見るようその車を見つめたが、振り切るように三城は顔を背けた。

こんな老舗旅館に至極不釣り合いなオレンジのアルファーロメオなど、誰でもセレクトをするような車ではない。

それよりよぼど、個人が運転する車ではないセンチュリーの方がここに見合っているというものだ。

などと考えている三城のメタリックブルーの愛車も、情緒ある此処にしっくり収まっているとは良い難い。

「なら僕達が一番最後なんだ。急がないと」

「別に構わないだろ。時間には遅れていないんだ。兄さんらが勝手に早く来ただけだ」

チラリと腕時計で時刻を確認しても、目安とされていた集合時間まで10分も余裕がある。

やはり無理を言ってでも「現地集合」を押し通して良かった。

只でさえ乗り気になれない旅行だというのに、そのうえ行き帰りまで両親と兄と一緒など、そして恭一を取られるなどぞっとする。

とはいえ、いくら嫌だと思っていたところで、ここまでくればさすがに諦めなくてはならない。

「仕方ない、行くか」

「あ・・・春海さん」

後部座席から二人分の荷物が入ったバッグを取ろうとしていた恭一からその荷物を奪い担ぐと、三城は先に立ち歩きだしたのだった。


  
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