嫁で息子で・編・03



情緒溢れる温泉宿。

フロントで名を告げれば直ぐに対応に当たった中年の仲居に奥へと案内をされた。

内装設備は現代的に改装をなされているが、外観は古き良き日本を重んじている味わいがある。

「わぁ、綺麗だね。さすがお義母さんが選んで下さっただけあるね」

廊下のガラス戸の向こうに広がる日本庭園。

それは確かに、良く整備の行き届いた見事なものであった。

だが今の三城に、それに感動出来るだけの心のゆとりは無い。

「こちらのお部屋になります。ご予約のお客様は皆様ご到着されておりますよ」

「此処に全員居るのか?」

「え?そりゃ皆揃ってるんじゃない?折角の家族旅行なんだし、別々の部屋だったら意味ないよ」

「はい、お部屋は三部屋お取ですが、まずはこちらにお通しするよう言い付かりましたので」

愛想良く微笑む仲居は、さも微笑ましいとばかりである。

すでに到着している面子の取り合わせからして、三城と恭一も本当の兄弟とでも思ったのかも知れない。

二人で一つしか持って来ていないバッグを不審がられずに済んだのは幸いであるが、なんとなく面白くないものを感じた。

「お部屋のご説明を───」

「結構だ」

「畏まりました。それでは、ごゆるりとお過ごしくださいませ」

連れが到着している為遠慮をしたのだろう。

あっさりと引き下がった仲居が廊下で頭を下げているのを横目に、三城は木製襖をスライドさせ奥へと進んだ。

右に水周り、狭い板の間を挟み正面にある物音のする襖を開けた。

「あら、遅かったじゃない。疲れたでしょ、さぁさ、お座りなさい」

「こんにちわ。お義父さん、お義兄さん、ご無沙汰しています」

三城が何を言うよりも早く。

襖が開いたと同時に声を上げた沙耶子に、恭一はさも嬉しそうに応えた。

中は十畳程の和室で、右に襖。

正面の障子は閉め切られていたが、明るい太陽の日差しが差し込んでいる。

和室の中央には6人で囲っても余裕がありそうな座卓が鎮座し、長方形の長い側面片側に大治と沙耶子が、左右にそれぞれ冬樹と秋人が座っていた。

そうなると己らの場所は決まっているというもので、両親と向かい合うように腰を下ろした。

何も考えずに座ろうとしていた恭一を押し退け冬樹側に三城が座ったのは、言葉にしない三城なりの優しさだ。

もっとも、それが恭一に伝わっているかは不明である。

それというのも、冬樹の恭一に対する第一印象はあまり良いものではなかったからだ。

何も恭一が阻喪をした訳ではない。

単に、冬樹が『男の恋人』を認められなかったに過ぎない。

しかしそれから数ヶ月。

冬樹に対して特別なアクションは行わなかったものの、最終的には養子縁組みを認める形となり今日[こんにち]に至っている為、今更何があるとも思わなかったが、念の為である。

「恭一くん、久しぶりだね。家にはたまに来ているみたいだけど、なかなか会えないものだね」

一見厳めしい雰囲気の大治が、親しみの籠もった笑みを浮かべる。

そのような顔を自分に向けられた記憶は遙か遠い過去にしかない。

「そうですね。お義母さんがよくお茶に誘ってくださるので。いつも美味しいお菓子をありがとうございます」

「貰い物だけどね。年寄り二人には多すぎる量を貰う事もあってね」

「恭一さんは誘っても嫌な顔をしないから嬉しいわ。貴方達、特に春海は正月にもまともに帰って来ないんですもの」

「母さんも家に居ない時は多々あるでしょう。タイミングが合わないだけですよ」

「嘘おっしゃい。時間なんてものは、作ろうと思えば作れるものでしょ?」

湯呑みに注がれた香り高い茶と茶菓子を二人の前に差しだしながら、沙耶子が嫌味に言った。

こういう人だ。

口論を避けるならば口答えをしないのが一番だというのは長年染み着いた経験である。

だからこそ、用もないのに実家に帰りたくないのだ、と内心毒づく。

「私とはこの間会ったよね。またいつでもおいでね。別に一人で来たって良いんだからね」

「はい。その節はお世話になりました。お見苦しいところもお見せしちゃったし。また近いうちにお邪魔させて頂きます」

「そうだね。春海が出張に行くのって頻繁にあるんでしょ?一人寝が寂しい夜にでも酔いにおいでよ」

「兄さん、馬鹿な事を言わないでください。恭一が本気にしたらどうするんです」

「馬鹿なって失礼だな。私は至って本気なんだから、恭一くんが本気にしたって構わないよ」

シルバーフレーム眼鏡の奥。

つかみ所のない眼差しで飄々と笑って見せる秋人を、三城は鋭く睨み付けた。

人の『嫁』をハッテン場に誘うなんて何を考えているのだ。

あぁいった趣のバーであっても必ず何らかがあるとは決して言わない。

だが、『何か』がある確立が高いのも事実で、恭一は本人の自覚はないものの人目を惹く容姿をしているのだ。

睨み付けても意に介さない秋人から視線を逸らし、三城は逃げるように湯呑みを手にした。

二人の兄ともしもビジネスをしなければならないとするならば、共に経営をしたくないのは冬樹であるが、取り引き相手にしたくないのは断然秋人だ、と三城らしい感想が脳裏をよぎる。

「あんな場所、恭一を一人で行かせられる訳がないでしょ」

「え?駄目なの?・・・あ、そんなベロベロに酔うまでは飲まないよ?」

「そんな事を言っているんじゃない」

「あんな場所だなんてご挨拶だね。それに、相変わらず過保護だな春海は。恭一くんは世間知らずなお嬢さんじゃないんだから、そんな風にばっかりしてると嫌われちゃうよ?」

「余計なお世話です」

空になった湯呑みを戻すと、恭一がすかさず茶を注いだ。

それを見てか更にクスクスと笑う秋人に、それまで口を閉ざしていた冬樹が重く口を開いた。

「あんな場所とは何だ?秋人、またいかがわしい店か法ギリギリの経営でもしているんじゃないだろうな?」

「また、だなんて兄さんも酷いな。私は今まで健全堅実な経営した事しかありませんよ」

微笑みを深める秋人はなんとも胡散臭い。

秋人は多くの飲食店を経営しており、企業専門の弁護士をしている冬樹は秋人の会社の顧問弁護士を勤めている。

それは秋人が大学生時代に企業経営を始めた頃からであるが、一番古い店・件のハッテン場のバーについては未だに単なるバーであると思っているらしい。

冬樹の性格を知り、秋人は隠していたようだ。

そうでなければ───ゲイ関係の店を秋人がしているのを知っていれば、三城と恭一の関係にあれほど過敏に反応しなかっただろう。

「どこが健全堅実だ。一歩間違えれば違法営業になりかねないところを何とかしているのは誰だと思っているんだ」

「いつも感謝していますよ。さすが兄さん、そこらの弁護士とは腕前が違う」

「胡麻を擦っても無駄だ」

呆れたように冬樹はため息混じりに呟く。

このようなやり取りは毎度の事だ。

詳しくは聞いた事はないし興味も無かったが、秋人が法ぎりぎりの店舗設計や経営をしている事はなんとなく聞いている。

今では名のある飲食店グループになっているが、その裏でグレーゾーンの経営を続けていられるのは骨をおってくれる兄・冬樹が居るからにほかならない。

「あ、そういえば今度レストランにお邪魔させて頂こうと思っています。学校の先生達との謝恩会で」

「あぁ、聞いているよ。恭一くんがせっかくうちを選んでくれたからね。サービスさせて頂くよ」

「ありがとうございます。女性の先生方が特に喜んでくれました。予約を取るだけでも大変なのに、こんな大人数をどうやったんだって聞かれちゃったのには困りましたけど」

「そう。兄が経営してるって言ってくれて構わなかったのに」

「・・・それはそれで色々言及されそうで」

「そうよ、もう兄弟なんだから、言ったって差し支えないでしょう」

一際楽しげに口にしたのは、沙耶子に他ならない。

確かに戸籍上は兄弟だ。

だが、恭一は己だけの嫁なのだ。

「母さん」

「あら、何も間違ってはいないでしょ?」

ねぇ、という沙耶子をいくら睨み付けても何の効果にもなりはしない事をよく知っている。

だから嫌なのだ。

いくらビジネスではオフィスの最上階に君臨していても、家族の中では所詮三男。

そのうえ必要以上に恭一が気に入られている事も、三城の不機嫌に拍車を掛けるのであった。


  
*目次*