嫁で息子で・編・04



『ご無沙汰』の挨拶を交し合うだけでも呆れるほど時間を掛けている。

そのような両親・兄弟に辟易とし、三城は既に数本の煙草を灰皿でもみ消していた。

さっさと部屋に行きたいが、鍵も渡されていなければそれがどの部屋であるのかも知らない。

そもそも『3部屋予約している』らしい事を仲居から聞いただけで、自分達二人が使用して良いだろうというのは三城の勝手な憶測でしかない。

元より『家族だんらん』が得意だと言い難い上に恭一まで取られ不機嫌になる一方の三城が手持ち無沙汰に新しい煙草を取り出そうとした頃、沙耶子が『そういえば』と切り出した。

「お夕食までの間、せっかくだから温泉を頂いてらっしゃいよ。ここのお風呂は露天風呂が素敵らしいのよ。そうだわ、どうせなら皆で行ってらっしゃい」

「へぇ、それは良いですね───」

「いえ、結構です。この旅館は部屋にも各自露天風呂設置されていますよね?俺と恭一はそちらで」

能天気に頷き掛ける恭一を遮り、三城はすまして答えた。

しかしその内心、元々悪かった機嫌がこれでもかと傾くのが自分でも解る。

沙耶子は、そして恭一は一体何を考えているのか。

見ず知らずの男でも良い顔は出来ないが、よりにもよって兄弟と風呂に───恭一の裸を見せろなどと。

しかしその感情を露にするにはなかなか自尊心が許さず、なんとか煙草を吹かす事で取り繕おうとしたが、沙耶子は簡単には引き下がってはくれなかった。

「あら、部屋風呂は夜にでも入ったらいいのではなくて?」

「・・・・それは」

「貴方は元から協調性というものが無いのよ。こういう時くらい、お兄ちゃん達と仲良くなさい」

「・・・・」

真っ直ぐに眼光を飛ばす沙耶子と、不思議そうに眺めてくる恭一の視線が痛い。

いくら沙耶子が兄と恭一を『兄弟なのだから』と接したところで、三城も同じように思えるものでもない。

三城にとって恭一は己の嫁───所有物であり、裸体を血縁ある兄弟に見せたくはないといった感情はパートナーが女である時と微塵も変わらないのだ。

それが何故沙耶子に、そして当事者である恭一が解らないのか。

苛立ちが別の方向へまで広がっていきそうだ。

最善の逃げ道を見つけ出せずに居た三城を救ってくれたのは、隣で微笑を称えるばかりでいた秋人であった。

「私は遠慮しておきますよ。春海に睨まれるのは怖いですから」

「まぁ、秋人まで・・・」

「申し訳ありませんが、僕も少し父さんと話しがありますから。それを終えてからお湯を頂きます」

秋人が冗談めかして不参加を表明すると、すかさず真面目腐った冬樹もそれに続く。

冬樹が大治と話しをするいう事は全員が不参加であるという事だ。

「やっぱり貴方達も愛想がないわね。冬樹、話しってどうせお仕事のお話でしょ。そんなものは事務所でなさい」

「急ぎなんですよ。夕方までにメールを送らなくてはならなくて」

「旅行に来てまでお仕事をするなんて」

どうやら沙耶子の憤りは三城から冬樹に移ったようだ。

どちらにせよ、後々までネチネチと嫌味を言われそうだが仕方が無い。

此処は素直に兄らに感謝をしつつ、また余計な事を言われる前にと三城は殻が溜まった灰皿で煙草を揉み消し立ち上がった。

「ではお言葉に甘えて先に温泉を堪能させて頂きます。部屋の場所と鍵をお願いします。着替えもありますから」

「・・・。ここの左に二つ隣よ。真ん中は冬樹と秋人が使っているわ」

「解りました」

渋々ながらも木製のプレートにナンバーが刻まれた鍵を差し出す沙耶子から、三城はそれを受け取る。

一括で予約をしたのなら仕方が無いし、むしろ旅館側の好意からかもしれないが、親・兄弟と並びの部屋というのはどことなくげんなりとしてしまう。

物音を気にしては甘い一夜も過ごせないというものだ。

両親の隣でなかっただけまだマシか、と思うしかなく、鍵を握り締めると三城はようやく立ち上がった恭一を振り返った。

「行くぞ、恭一」

「あ、うん。じゃぁあの、僕も先に温泉に行かせて頂きます」

「どうぞ行ってらっしゃい。また後でね。お夕食は一緒ですからね」

「はい、楽しみです」

三城らに向けていた恐ろしげな眼差しが嘘のように柔らかく微笑む沙耶子に、恭一も微笑で応える。

何故こんな事でそんなにも笑えるのだ。

恭一が旅行を楽しもうとしているのがやはり面白くない。

二人分のバッグを担いだ三城はもう一度恭一をキツい言葉で促すと、自身らが一泊する部屋へと急いだのだった。







  
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