嫁で息子で・編・06



事前に聞かされていた通りの岩風呂は見事であり、湯もなかなかであった。

広さの割りに人の少ないそこにも満足をしつつ、二人は堪能した大浴場から脱衣場へとあがっていた。

「気持ちよかったね」

「まぁな。たまには温泉も良いものだ」

「そうだね。来て良かったな」

雨降って地固まる、の例えが如く、先の一件以降恭一の機嫌は元より、朝から悪かった三城の機嫌さえもすっかり良好となっていた。

温泉は心地よいし、無人ではなかったものの人も少ない。

そして目の前には白い肌を露わにした恭一。

背を向けバスタオルで髪を拭く恭一に触れたい衝動にかられたが、一度触れれば歯止めが利かなくなってしまいそうで三城は己を戒めた。

「夕食まで何して過ごそうか。あ、そういえば夕食も豪華なんだってね。楽しみだね」

「あぁ」

気のない返答を返し、三城はさっさと浴衣を着込む。

今からの時間も夕食もどうでも良くて。

三城が頭にあるのはその先、二人きりとなる深夜のお楽しみだけだ。

「春海さん早いね」

「そうか?」

「・・・。前も思ったけど、浴衣、似合うよね」

振り返った恭一が、畳まれたままの自身の浴衣手に見つめてきた。

湯上がりの為か他の要因もあってか、頬を上気させる恭一は濡れて降りた髪も伴って普段よりも幼い印象を与える。

そのうえまだ全裸で。

誘っているのかと言いたくなったが、いつ誰が入って来るとも判らない場所故に口を慎んだ。

下手な事を言い好奇の目に晒されるのも癪だ、と考え何気なく後ろを振り返った三城は、その考えが正しかったと心底思った。

「・・・・」

「やぁ。なんだ、春海達まだ居たんだ」

いつ誰が入ってくるか判らない場所だ。

それは理解していた事ではないか。

そうは思っても三城は顔をしかめると、今し方入って来たばかりの人物・秋人を睨みつけた。

「兄さん、後にするんじゃなかったのですか?」

「後にしたじゃないか。春海達がそれより遅かっただけだよ」

「・・・」

たしかに、『風呂に行く』と言ったものの直ぐに行動を起こさなかったという心当たりはある。

しかしそれにしても早すぎはしないか。

三城が苦言を口にするよりも早く、秋人は愛想良く恭一に話しかけていた。

「恭一くん、お湯どうだった?」

「凄く気持ち良かったです。岩風呂も広くて。ご一緒したかったですね」

下着は履いていたものの手にしていた浴衣を広げたばかりの恭一は、秋人を見ると手を止めて微笑んだ。

愛想がいいのは良いが、順番が逆ではないのか。

両手で持っていた浴衣を片手に持ち直し風呂場を指さし説明しているが、秋人が見ているのは決して恭一が指さしている方向ではない、と気がついた途端、三城は二人の間に割って入った。

「恭一、早く着ろ」

「あ、ごめん。浴衣って大きいから・・・」

どこに腕を通すんだっけ、と呟きながら袖を探す恭一を背に隠す三城に、ニタニタとした笑みを浮かべる秋人はさもからかうように口にした。

「そんなに心配?」

「・・・それが、何か?」

「いや、面白いと思ってね。あの春海が何かに執着するなんてさ。仕事以外興味ないと思ってたから、俺が興味あるのはそれだけだよ」

「・・・。どうだか」

「信用ないなぁ」

軽い口調で笑う秋人の言葉を信用しろという方が無理ではないか。

どちらにせよ、三城にとっては面白くないく胡乱な眼差しとなる。

小声での二人のやりとりは恭一には聞こえていないようで、チラリと振り返ると二人に背を向けモタモタと帯を縛っていた。

「兄さん、入るならさっさとどうぞ」

「もちろんそうさせて頂くよ」

冷たく言い捨てた三城は、己の衣類と恭一の荷物を纏めて手にする。

それを目に、帯を締め終わったらしい恭一が小さく声を上げていたが、構う事なく三城は荷物を片腕に、空いている手で恭一を掴んだ。

「終わったのなら行くぞ」

「あ、うん。秋人さん、また後で」

「うん、後でね」

ヒラヒラと手を振る秋人に、恭一は会釈をする。

その手を強く引こうとした時、秋人は思い出したように三城に言った。

「そうそう。風呂からあがったらさっきの部屋に来いって、母さんから伝言」

「・・・・・」

「あ、わかりました。春海さん、早く行こう」

「・・・あぁ」

恭一の為にも機嫌を悪くしないと、旅行を楽しもうと思い直していた。

家族旅行であっても、自分らが新婚同然だと知っている人物らとの旅行であるので、こちらはこちらで楽しめば良いと思っていたというのに。

二人きりの時間が過ごせると考えていた為、沙耶子からの呼び出しに収まった筈の苛立ちが再び持ち上がり始めてしまう。

こんな事ではいけない。

脱衣場から廊下に出ると、今は周囲に誰も居ないのを確認し三城は恭一を後ろから腕の中に収めた。

「っ・・・春海さん?・・・あ、ダメだって、誰か来たら・・・」

「『兄弟です』と言えばいいだろ」

「良い年した兄弟がこんな事しないよ・・・」

「嫌か?」

「いや、じゃないけど・・・」

「少しだけだ」

「・・・うん」

動揺した風に言いながらも、恭一はその腕を振り払おうとはしなかった。

薄い浴衣越しに触れた恭一かとても暖く、三城は瞼を閉ざす。

苛立っていても仕方が無いのは判っているし、苛立ちは思考を鈍らせる事も知っている。

そして何より、また恭一とつまらない喧嘩をするのは御免だ。

「恭一、二人で来たかったな」

「・・・また言ってる」

どうしたってそれが本心だ。

恭一を抱きしめるのは何よりの安定剤で、苛立ちは諦めに変わり薄らいでいく。

それを不思議に思う傍ら、何処か当然にも思えた。

「行くか」

「うん」

三城は『少し』と約束した通り直ぐにその身体を離すと、廊下に誰も居ないのを良い事に恭一の手を指を絡めて握った。

見上げて頷く恭一は恥ずかしそうにしながらも嬉しげで、たまにはこういうのも良いものだ。

しかし、やはりこれ以上の触れ合いを我慢をするのはとても辛かったのだった。



  
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