嫁で息子で・編・07



己一人ならば沙耶子からの呼び出しを無視する事も出来たが、恭一がそうとしようとする筈もなく、このような事でまた口論となりたい訳もなく、三城は大人しく初めに通された部屋へ向かっていた。

しかし、行ってはみたものの沙耶子に特別用があった訳ではなく、ただテレビを見たりそれについて喋ったり所謂『家族団らん』だとばかりに、三城にとっては無駄に思える時間を付き合わされただけであった。

湯上りの恭一が沙耶子が持参したらしき菓子を摘みつつ楽しげにしている姿を横目に、三城はこのような時の為にと持ってきていたノートブックを弄る。

恭一と二人の時間を過ごせない不満はまだあるものの、カードゲームだボードゲームだとうんざりする事を言われないだけマシだと考えるしかない。

ふと周囲を見れば、戻って来ていた父や兄らも三城と似たようなもので、皆が揃っていても各々が好きに時間を過ごしている。

なるほど、これでは沙耶子が自分らに不満を抱き、そして恭一を構いたがるのも解る気がした。

日の高い季節になりまだ空は青かったが時刻は夕刻となったようで、テレビではニュース番組が流れ始める。

すると、それまでがバラバラに自由な時間を過ごしていた三城家の男共の視線がテレビモニターへと集まった。

三城にしても兄らにしても、くだらないバラエティーや旅番組には興味ないが世間の情勢には興味がある、という事だろう。

堅苦しい口調のアナウンサーから元気さが売りとばかりのアナウンサーに代わりスポーツニュースへと内容も移ると、沙耶子がテレビに興味を無くしたように恭一に身体を向けた。

「恭一さん、お仕事はどう?新しい学校には慣れて?」

「はい。生活にはようやく。でも、授業をするのはまだまだ要領をつかめなくて。生徒にも不便を掛けていそうです」

茶を啜った恭一が、苦笑を浮かべる。

もっと別の言い方ではあるが、三城も何度か聞いていた内容だ。

予備校時代との違いに戸惑い、上手くいかない事も沢山あるようだが、けれどどんなに弱音を吐いていてもその苦労も恭一には喜びのようだった。

「そう。私も恭一さんの授業を見てみたいわ」

「そんな、恥ずかしいですね」

「そんな事ないわ。きっと立派に授業をしているんでしょうね」

これが嫌味であればそれはそれで問題だが、手放しに恭一を誉めるのも心から喜ばしいとは思えないものがある。

これではまるっきり、ただの親馬鹿だ。

「いえ、僕なんてまだまだですから。生徒たちもなんと思っている事か・・・」

「あら。何かを言われたの?」

「直接はまだ。でも、授業やそれ以外でも、自分の行動一つが生徒に影響を与えるのだと思えば不安もつきません」

「そうね、今は先生のちょっとした行為で問題になる時代ですものね」

「明日はわが身かと思うと、上手く立ち回れない時もあって」

さもノートブックに集中しているとばかりに装っていた三城は、けれど実際はその意識は二人へと向けられていた。

沙耶子の言うように教師の問題行動や、生徒やその親の教師との非常識なトラブルの話題は絶えない。

教師に問題はなくても、親が騒ぎ立てるケースも山ほどある。

その為、それを恭一が不安に感じているのももっともだ。

だが、恭一は今までにその胸の内を三城に零した事はなかったというのに。

たとえ聞いたとしても何もしてはやれないが、それにしても打ち明けてもらえなかったというのは三城に小さなショックを与えていた。

解決できない問題だというのに、それを相談してくれなかったと嘆くなど、以前の三城では考えられなかった事だ。

「もっと頑張って問題のない教師にならなきゃですね」

話しを終わらせようとでも思ったのか、恭一が一際明るく言う。

するとその手を沙耶子が握った。

「大丈夫よ。もし何かあったら、まず私達に相談なさい。法的に必ず守ってあげるから、一人で悩まないのよ」

「・・・」

法的に。

その言葉に、三城は沙耶子との格差を見せ付けられたが、更にそれに追い討ちを掛けるよう、今までまるで居ない者のように沈黙を守っていた冬樹が読んでいた専門誌を閉ざし沙耶子らに視線を向けた。

「そうだ。トラブルが起こった瞬間の判断一つのミスで行く先が変わってしまう。何か危険だと感じる件があれば、自分で判断をする前に母さんや、僕でも父さんでも構わないから連絡しなさい。すぐに返答を出来る物もある」

「・・・・」

「そうですね、実際私も頻繁に兄さんに連絡してますもんね」

「お前は頼りすぎだ」

「良いじゃないですか。トラブルになってから処理に走るより。それも兄さんなんですから」

「・・・甘えるな」

恭一を守るのは自分だと、思っているし、誓ってもいる。

だが、それは所詮気持ちの問題でしかない。

己に出来る事ならば、金も地位も恭一の為なら失っても良いが、そのような捨て身の覚悟など法の前ではなんとも弱弱しいものだ。

『いざ』となった際、元弁護士や現役弁護士である沙耶子や冬樹の方が確実に恭一を守れるだろう。

「お義母さん、お義兄さん、ありがとうございます」

「・・・」

嬉しそうに礼を口にしている恭一からはもう苦悩は見えず、ただ隣でパソコンのモニターを眺める三城だけが胸の中に苦いものを宿したのだった。



  
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