嫁で息子で・編・08



夕食は旅館らしく船盛りをメインとした懐石であった。

旅館で用意をしてもらった酒と秋人も店から持参した物もあり、6人で飲むには十分な量であったが、恭一にはくれぐれも飲みすぎないようにと事前に強く言っている。

酔った恭一を見て良いのは己だけなのだ。

そうして、座卓の上に所狭しと並べられた料理の数々が殆ど姿を消し、空いた酒ビンが畳の上に転がる頃、沙耶子が静かに席を外した。

三城家はアルコールに強い家系だ。

水のようにグラスを煽っているのは三城と秋人ぐらいだが、両親や冬樹にしても『茶のように』程度のペースではグラスを進めているだろう。

それでも意識ははっきりとしているようで、沙耶子は平素と変わらない足取りである。

どこに行ったのかは知れないが、散々恭一に話しかけている沙耶子だ。

居なければ居ないに限る、などと考えていたがそう思うようにはなってはくれず、数分としない内に戻った沙耶子は手にした物を恭一へと渡した。

「恭一さん、お誕生日おめでとう。私とお父さんからプレゼントよ」

「え・・・?プレゼント、ですか?だって・・・」

「本当はケーキも用意をしたかったのだけれど、此処まで持ってくるのは大変だし、いい年をした男ばかりだから無い方が親切かもしれないと思ったの。ごめんなさいね」

「いえ、それは。あの、でも、プレゼントって?だってこの旅行も・・・・」

沙耶子に渡された物を受け取ったままの格好で、恭一は動揺をした風にしどろもどろとなっていた。

この旅行自体がプレゼントのようなもので、更に何かを渡されるなど考えてもいなかったのだろう。

酒の入ったグラスを唇にその様子を眺めていた三城は、あえて口出しはしないままでいる事にした。

三城にとっては十分に予測が出来ていた事だ。

あの沙耶子が、いくら誕生日にと旅行をセッティングしたからといって、恭一に誕生日当日何も渡さない筈が無い。

「これは、たまたま恭一さんの誕生日に重なったただの家族旅行、とでも思っておいてちょうだい。細かい事は気にしなくていいのよ。さ、受け取ってくれるかしら」

「あ、ありがとう、ございます。全然、予想もしていなくて」

プレゼントが何であるかも確認する前から、恭一は感極まったように声を震わせていた。

『ただの家族旅行』だと言うなら、是非日程を別の日にしてもらいたかったものだ、と思わずにいられない。

有名高級ブランドのロゴが刻印された紙袋、その中から取り出された箱。

それだけでも、三城には内容物が解る気がした。

取り出した箱に止められていたシールを恭一は丁寧な手つきで剥がす。

何だろう、と呟く様は、本当に中身が解っていないのかもしれない。

「ぁ、靴・・・」

「どうかしら?」

「ありがとうございます、凄くかっこいいです」

やはり中身は革靴であったか。

そのブランドの得意とするものと、箱の形状で大方の予測はついていた。

だが、続けられた沙耶子の言葉に、三城は思わずグラスを置いて煙草を取り出した。

苛立ちの紛らわせである事は間違いない。

「気に入って頂けた?良かったわ。是非普段、お勤めの時にでも履いてね」

「はい、さっそく月曜日から使わせて頂きます」

「本当?私も嬉しいわ」

「・・・靴なんて買って、サイズは合っているんですか?」

嬉しいという言葉通り声を弾ませる恭一と沙耶子。

胸の中の燻りが如何様であっても、三城は湾曲な嫌味を口にするのが精精であった。

「もちろんよ。以前恭一さんが家に来た時に履いていた物を覚えておいて店員さんに相談したんだもの」

「・・・・」

抜かりの無さは、さすが実母だと認めざるを得ない。

そのブランドは名前こそ有名であるが普段三城が恭一の為に選びはしないので、恭一はロゴだけではそれが何処の品であるのか気がついていないのだろう。

沙耶子はわざわざこれ見よがしに伝えるタイプではないし、三城も教えてやるつもりはないが、その靴は今恭一が通勤に使っている三城が与えた物よりも価格もレア度も上だ。

『参考にした』という沙耶子の言葉から、作為的に今使っている物より上等の品を選んだとしか思えない。

誕生日に二人きりで過ごすというのを奪っただけでは収まらず、恭一が身にまとう物まで張り合おうとするのか。

苛立たしげに灰皿に灰を落としていると、恭一の手の中の物に気がついたのだろう、秋人が興味ありげにそれを眺めた。

「恭一くん、良いね。それ最新の限定モデルじゃない?私も狙ってたんだよね」

「へぇ、そうなんですか」

「あら、そうなの?そういえば、私は昔から春海より秋人のファッションの方が好きだから、好みが合うのかもしれないわね」

「そうですね。で、そんな私と冬樹兄さんから、共同って事で」

「え?秋人さんと冬樹さんからもですか?あ、ありがとうございます。凄く、凄く嬉しいです」

靴の収まった箱を傍らに置いた恭一は、いつの間に用意をしていたのか秋人が背後から取り出した紙袋に入った箱を受け取った。

両手で持てるサイズの箱だが、厚みは靴の箱の倍近くはある。

まさか兄らからも恭一にプレゼントを用意しているとは、三城にも予想外であった。

「・・・わ、綺麗・・・」

箱を開けた恭一は、中にあった物を目に息を呑んだ。

沙耶子から靴を貰った時とはまた違った反応である。

秋人と冬樹からの贈り物、こちらの方がより驚いたのだろう。

「どんな物が良いのか解らなくてね。僕の趣味なんだけど。まぁ、さっき母さんも言っていたみたいに春海とは趣味合わないと思ってるから、自室にでも置いてよ」

「僕は凄く好きです。ありがとうございます。大切にします」

それを手渡した秋人とその隣で黙って酒を口にしている冬樹の両方に恭一はそれぞれ礼を口にする。

確かにそれは、三城の趣味のデザインではない。

しかし恭一が好きそうだとも思えるし、決して嫌いでもなかった。

箱から取り出したものの直ぐに慎重な手つきで元に戻したそれは、丸みを帯びたデザインのフロアランプであった。

決して派手ではなく、けれどそっと部屋の中に花を添えるような、優しい印象があるものだ。

「共同で、と仰ってますが、完全に秋人兄さんの好みではないですか」

「そうだよ。兄さんは私以上に解らない、っていうからね。別に良いじゃない。心配しなくても妙な仕掛けはしていないよ」

「・・・」

秋人はからかったように笑う。

彼の言う『妙な仕掛け』とは、盗聴器の類でも指しているのだろう。

仕掛けていないと言われて『当たり前だ』と言いたいところではあるが、秋人の掴み所のなさを考えるとあながち笑い飛ばせない。

「で?春海は何?まさか用意してないなんて言わないよね?」

まるで三城の神経を逆撫でするように、無意味な笑みを向ける秋人に三城はあからさまに顔を背けた。

「まさか。そんな訳ないでしょ」

用意を、していない筈が無い。

一年で二番目に大切な日だ。

今日が旅行でさえなければ、フルコースのデートをも予定していたというのに。

それがなくなりプレゼントを渡すしかなくなったのだから、そこに想いを込めない筈が無い。

「だよね。で?渡さないの?」

「後で、渡します」

だからこそ、そのせっかくのプレゼントを何故家族に見守られ渡さなければならないのか。

ムードも何もあったものではないし、第一いい年をして気恥ずかしい。

内心を隠すよう不遜に言ってのける三城に、秋人はただ笑いその矛先を恭一へと変えた。

「ふーん。意味深だね。まぁ、いいや。恭一くん明日見せてね」

「え?あ、はい」

「恭一、何でも返事をするな」

「え?だめなの?見せれない物だったりする?」

そんな事を言っているのではない。

ただ眉間の皺を深める三城の一方、恭一の『見せれない物』という言葉に何を連想したのか、秋人が喉を鳴らして笑ったのだった。



  
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